第44話『獄炎の呪い』

 ロアは、貧民街の探索を諦めた。というよりも、皇帝に頼んでおいたものが完成したため、そちらを優先することにした。

 未だ〝玉炎病〟の由来は推し量ることは出来ない、が。

「ある程度の類推は出来た」

 やはり多くの収穫を得たのはビクトルとの接触。

 彼がフェー・フォイマスに意識を向けさせようとしていたことが気にかかったのだ。

「もしも、今回の件が皇帝、及びフェー・フォイマスの主導によるものなら、そもそも俺に依頼を出す筈が無いし、国内の些事などいくらでも片付けられる」

 フェー・フォイマスの場合も同様だ。彼女は皇帝の信頼を勝ち取っているし、何よりも〝潜在魔法〟がある。限定的な情報開示で、他者を操るなぞ容易であろう。

「詰る所、容疑者は絞れた」

「……ビクトル・デュマ?」

 アンナの質問に、首肯で応える。

「対面で話せたのがよかった、今回の件はとにかく動機が不明瞭だった。誰がどうやっても損をする、そう言った状態だ」

「それだったら、ビクトルだってそうなんじゃないの?」

「ああ。実際に目先の利益は無いに等しい。というかメリットが無い」

 アンナは頤に指を置いて?マークを浮かべた。

「それって何のために、やっているの?」

「まあ、メリットが無いと言ったが、それは俺視点での話。ビクトルには有るんだろうよ。……何よりもあいつは生粋の放蕩者だ。利益、不利益度外視で楽しんでいるんだろう」

 イマイチピンと来ない。

 彼女の純朴さをロアは嬉しく思った。

「いるんだよ、世の中には手段と目的が逆転している奴が。ビクトルはもっと厄介だがな」

「どういうこと?」

「あいつは〝

 奴は全てに愉悦する。人の絶望や希望に。罵倒や賛美に。生き死にに。

 それは退屈の裏返し。既にビクトル・デュマは倦んでいる。倦み続けていると言うべきか。

「あいつは多分極度の飽き性だ。何かをしていないと、退屈で死んでしまう。だが、その何かも行われた瞬間には価値がなくなる。それが奴の際限のない欲望の源」

「面白半分で人を苦しめてるの……⁉」

「そうなる」

 つくづく厄介な男である。思考が理外過ぎて、ロアをして読み切れない。奴の行動原理を理解してなお、目的が読めない。

「奴はフェー・フォイマスを凌辱するのが目的だと言っていたが……」

「何それ⁉ 許せない‼」

 その言葉を信じるのは軽率だし、疫病と凌辱がつながらない。

 アンナのように軽蔑させるのが目的かもしれない。自身に注目を集めて、他で動く。解り易い揺動の可能性……。

「迷っている時点で、翻弄されているか」

 話していると目的の場所につく。

 ロアが頼んで作らせた、もう一つの隔離病棟。

 ガニシュカが急ピッチで作ってくれた。

「ここで何するの?」

「言ったろ? 試したいことがある」

 ロアは懐から一つの瓶を取り出した。中には赤い溶液が入っていた。

「それは?」

「罹患者の血液だ」

 そんなもの何に……。

 アンナが疑問に思っていると、施設内にあったケージから、マウスを一匹取り出すと、瓶の溶液を振りかけた。

「ちょっと‼」

「まあ、見とけ」

 マウスは溶液によって赤く染まった。三秒ほどして、マウスはもがき苦しみ、最期は炎上して灰になった。

「何が起こって……」

「矢張な……」

 ロアは得心がいった。

 万が一のために、隔離病棟を作らせたが、無駄になった。

 幾つか立てた類推の一つがピタリと嵌るのを確信する。

「どういうことなの?」

「この血液には呪いが溶け込んでいる」

 ロアは懐からもう一本瓶を取り出してアンナに見せた。

「呪いって、使える人がほとんどいないんじゃ」

「そうだ。呪術師なんて、骨董品過ぎて本当にいない。前にも言ったように、割に合わないからな。テロに使うにも人的被害しか出せないため使いづらいし、何より呪いには汚染という特性があるからな、呪術師は基本的に単独行動を好む」

 呪いはその性質上、他者から他者へ行こうとする。

 当然団体行動は不向きとなるのだ。

「だからこそ俺は見逃した」

 魔法的痕跡が無かった時点で、一度は疑った。しかし、あれ程の影響を与える呪いをコントロールできるとは思えない。

「なにより、それだけの呪いならば、接触すれば汚染される。忽ちのうちに呪いの被害は全体へ及ぶだろう」

 だからこそ気づける。

 ゆえに除外した。

「それだと、呪いじゃないんじゃない?」

「いいや。この呪いは二種の呪いにより折り重なった、複合呪だ」

 恐らく〝玉炎病〟を発症させる呪いと、〝玉炎病〟に呪い。

「呪いの触媒を極限まで希釈し、呪いの効力を抑える。しかし、それでは呪いに掛からない。そこで恐らくは、アレルギーのように、その呪いが入り込むと身体が拒絶反応を起こすようにする、呪いが組み込まれた」

 それならば極端な汚染を防ぎつつ、被害を増やせる。

 どうして死人を出さないようにしているかは知らないが、ロクな事ではあるまい。

「如何してネズミは死んだの?」

「あのマウスには、聖水をかけておいた。聖水には呪いを祓う力があるが、衰弱した者や、生命力が弱い者には耐えられない」

「……そうなんだ」

 ネズミを憐れんでいる。

 彼も悪いと思っているが、かと言って人体実験をするわけにもいかない。

 それに原因が判明しても、問題が解決したわけでは無い。

「より厄介になった」

「え……? もう呪いを解いて終わりじゃないの?」

「そこが呪いの厄介な所だ。解呪がやたら面倒」

 先刻ロアがやってみせたように、解呪自体は聖水を掛ければ祓えるわけだが……、見ての通り衰弱した人間には解毒でしかないし、何より高価だ。

「お金のコトならガニシュカくんがやってくれるよきっと」

「ガニシュカくんって……」

 ぐっ。アンナがキメ顔をする。

「金はそうだが、生産量の問題だ……サンタマリアレベルじゃないと追いつかない。聖水の生産量は一日瓶一本分ぐらいだ」

「そんだけなの⁉」

「そ、しかも、呪いの時ぐらいしか使えないから、依頼が無ければ態々労力かけて作らない」

 呪い全盛の時代ならばまだしも、現代ではこんなものだ。

「それじゃあ、どうすれば……」

「簡単だ術者を見つける。人を呪わば穴二つだ。術者を捕らえて呪いを解かせる。そうすればかけた呪いは術者へ帰る」

「でもそれって……」

「ああ、是だけの規模だ。呪い返しも相応に強力になる。確実に死ぬだろうな」

 アンナは絶句した。彼の非情な選択にではない。自身の覚悟の無さに。

 ロアは苦笑して、アンナの頬に手を添えた。

 彼の手を握り返して、幾何かしてからアンナは赤面した。

「お前はそれでいいよ。今のまま在ってくれ、俺の我がままだ赦せ」

「……!」

 彼の言葉は暖かくて、優しい香りだった。

 草原を走る一陣の風のように、彼は誰かを包める。

 彼は、超大過ぎる優しさと愛を背負っているんだ。

 アンナは、彼の優しさに酔いしれた……。


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