第36話『違和の中で』
ロアは三日間、隔離病棟で患者を観察した。其れで判ったことはいくつかある。まず、定刻で発作が起こるコト。しかもこれにはほぼラグなく、罹患者すべてが一斉に発作を起こして苦しんでいた。
二つ目は一日のうちに運ばれてくる感染者は十名ほど。
老若男女まばらであった。
‶玉炎病〟の進行は極めて速く、一日目で身体中に赤い斑点ができ、二日目で体温の上昇。三日目で呼吸器官に腫瘍ができる。
その進行での老若男女の差異があまりに乏しいのが引っ掛かった。
ウイルス性の病であるにも拘らず、ほぼすべての患者が、全く同じ症例と進行をするなどあり得るのか? 益々不可解。
「まるでウイルス自体に意思があるかのような……」
あり得る訳が無い。そう思っていながら、ロアはその思考の過りを否定できずにいた。
「しかし、生物の創造は出来ない……魔法の大原則だ。ウイルスと言えど生物であることは間違いない。可能なのか?」
まず考えを整理する必要がある。仮にこのウイルスが人為的なモノだとして、魔法的痕跡を付けずに散布することが果たして可能なのか? 不可能……とは言えまい。何せ卓抜した魔法士は万能に等しい。
「しかしその方法を見つけるのはそれこそ不可能だ」
「魔女」の薫陶を授かったロアでさえ知らない魔法だ。恐らく「固有」である可能性が高い。ならば現状答えを持つ者は術者のみになる。
「だとするなら、考える方向をシフトするべきだ。論点は
分かり易く考えるならば敵国だろう。
ハイリッヒ帝国の周辺にはいくつかの国があるが……、ロアはすぐに頭を振って否定する。
「メリットが薄すぎる」
ハイリッヒ帝国は各地に物流を促すいわば弁の役目を担っている。そのハイリッヒ帝国が麻痺すればアルプ大陸全体の流れが停滞する。
侵略統治ならば或いは……。
「ガニシュカの様子からして、その予兆は無いんだろうな」
だとするならいたずらに物流を混乱させるだけの行為に意味はない。
自国の経済迄ダメージを与えて何とする。
「国外に該当はない。だとすると国内? 政治思想からくる叛意か?」
それも無いだろう。仮にテロリストのイデオロギー的行為ならば、メッセージを送らないはずがない。これでは唯の虐殺だ。
「愉快犯による、虐殺か?」
猟奇的な思想を持つ者による行動ならば、合理性が無くて妥当だと思うが……。
「それにしては、尻尾をつかませない」
愉快犯にしては手が込みすぎているのだ。
また猟奇殺人鬼は思想犯どうよう殺人にある種の儀式や代償行為として殺人を行う場合が多い。
「……、引っかかるのは千厘眼のようなフェーの〝潜在魔法〟だろう。不安定すぎないか? 俺たちの目的まで把握しているのに、アンナのコトは把握していなかった。それどころか俺たちの来訪を知っていた節があるにもかかわらず、‶玉炎病〟については委細不明。そんなことがあるのか?」
詳細不明の〝潜在魔法〟が疑念を生んだ。
まだ出会って数日。気を許すべきではない。ガニシュカ達には何か裏がある。それは間違いない。今回の依頼で其方も恐らくだが透けるだろう。
「いかんな、踏み込み過ぎた。疑うのに超したことは無いが、如何せん情報が少なさすぎる。違和感を消すためにも矢張り、現地に出向くべきか。だとすると――」
案内人が居た方がいい。ここの貧民街がアイネ王国のスラム街とどれだけの差異があるかは分からないが、少なくとも余所者に軽々に口を開くとは思えない。
幸いにして適した人物に心当たりが居た。
「アンバー・シュッツだったな」
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