第35話『玉炎病』

 さらに翌日、ロアは、皇帝に呼び出されていた。アンナは呼ばれていなかったが、付いてきていた。

 フェーの先導に従って、応接間に入っていく。

 其処には当然、玉座に坐するガニシュカ。

「よく来たな。若干一名呼ばれもせずに来た者もいるようだが、余は寛大だ赦そう」

「あなたの赦しなんかいらないです、わたしろロアの相棒なので」

「それで束縛か? モテんぞ」

「誰にモテる必要もありません‼」

「ほほう……」

 興味深げに目を細めるガニシュカ。頤に指をのせて愉快気に笑みを深めた。

「そんな下らんことはいいから、さっさと要件を伝えろ。時間の無駄だろ?」

「余は皇帝なんだが……」

 相変わらずのぞんざいな扱いに溜息を零す。アンナはいい気味だと鼻で笑った。

「……では、率直に行こうかな。――ロア、それとアンナよ。貴様ら余の依頼をうけんか?」

「依頼……?」

 ガニシュカは首肯する。

「依頼の内容は、我が国に蔓延る疫病の調査。報酬は貴様が望む船舶を一つやろう。さらに出来高払いで一つ情報を」

「随分大盤振る舞いだな?」

「それだけ参っているというコトだ。てんてこ舞いだ。疫病の原因ないし感染経路の発見で貴様らの望む情報を一つくれてやる」

「望む……」

「……情報?」

 ロアとアンナが顔を見合わせる。

 真坂と、二人は想った。

 その反応を見てガニシュカはさらに笑みを深める。

「人を変容させるモノがおる。そやつは貴様の獲物であろう?」

「……よく知っているな」

 随分と知っている本当に。何処までこいつは自分たちのコトを知っている? 先日のアンナへの対応はブラフか?

「……そうだな。貴様の疑念も当然だ。よって、此度は余自ら手札を晒そう」

 ガニシュカがフェーの名を呼ぶと彼女はこくりと首肯する。

「ロア、アンナさん。私は〝潜在魔法者ミステリア〟です」

「……っ⁉ そういうことか」

「え、どういうこと?」

 ロアは、得心がいったと汗をかいた。

 アンナは〝潜在魔法者〟という響きになじみがなく、当惑していた。

「〝潜在魔法者〟は生まれながらにして魔法を発動している者の総称だ。其処の女は恐らく、限定的な千厘眼のような魔法を発動しているんだろう」

「でも魔法を使えるようになるのは、第二次性徴期の時だって教えられたよ?」

「それは魔力が扱えるようになるのがだ。そもそも稀ではあるが、第二次性徴以前に魔力を熾す者は一応いる」

 アンナやロアが例である。極めて稀ではあるが、存在はするのだ。そもそも第二次性徴以前に魔力を熾せないのは魔力を知覚できないからだ。

 〝潜在魔法者〟は無意識的に魔力を運用し、魔法を発動している。

 その魔法は他の魔法とは一線画すが、代償として生涯他の魔法が使えず、また制御も出来ないと言われている。

「例外はいるようだが……」

「……?」

 ロアは、アンナの方を見て呟いた。

「今はそれよりも、そんな需要事項をなぜ部外者に漏らす!」

「なに。信用を得るには、まずこちらの腸を晒すことからだろう?」

「それも度が過ぎれば警戒する」

「違いない」

 くく。ガニシュカが喉で笑った。

「単に、この国がそれだけ危機に瀕しているに過ぎない」

 ガニシュカは玉座から立ち上がり、ロアたちの下迄降りると、頭を下げて見せた。

 ロアとアンナは当惑した。

「どうかの民を救ってくれ」


 ガニシュカに連れられてロアたちは帝都外れの隔離病棟にきていた。

 厳重な管理のもと服を着替えて、中に通される。

 中は酷く重苦しく、淀んだ空気だった。

 肌で感じる死の感覚。

 正しくここは死域である。

 すこしするとガラス張りの部屋になった。其処にズラリと並ぶ疫病罹患者たち。

 遠目からでも異様な光景だった。

 罹患者は一様にして身体に赤い斑点が出来ており、呼吸器官の当り大きな腫瘍が吐出してある。

 小一時間ほど観察していると罹患者達が一斉に苦しみだす。

 鎖に繋がれているために、自傷行為はできないが異常な苦しみ方だった。

「この疫病の名は‶玉炎病ぎょくえんびょう〟。有史を遡っても未だ例にない病だ」

「感染経路がわからないといったな? 分からないというのは?」

「恐らくは空気感染する。接触も。経口感染は確認できていない」

「感染者の割合は?」

「男女半々、主に貧民街を中心に罹患しているが、最近は帝都でもちらほら」

「つまり感染力は強くない……?」

 ガニシュカが頭を振った。

「そうともいえない。何せこの疫病が現れたのは一夜の内だ」

「……っ⁉」

「どういうこと……?」

 ロアは、まず魔法的な干渉を疑った。それは当然ガニシュカも同様で、しつこいほど調べさせた。だが結果は外れ。間違いなく‶玉炎病〟はウイルス性の疫病だった。

「というコトは何だ? 一夜にのみ爆発的な感染力を発揮して、後は不揮発性のような生態から、ごくごく弱い生態に変わったと?」

 幾らウイルスが都度変化するにしても、あまりに急速。

 違和感しかない。

「――そんなバカな、と思ったろう? 当然余も同意見だ。その為貴様に力を借りたい」

「依頼はうけるが、何故に俺なんだ?」

「――私の推薦です」

「なるほどな」

 フェーの‶潜在魔法〟が如何な効力を発揮しているかは皆目見当がつかないが、皇帝が全幅の信頼を置いているのだ、彼女の情報の信憑性は高いのだろう。

 果たして、どこまで知って、どこまで知られているのか。

「……」

 彼女の顔を窺がうが、鉄壁の如き微笑で思惟を読み取らせない。

「出来れば、罹患者を直接触診したいのだが……」

「それは流石に止めておいた方がいい」

「だな。どれ程の感染力があるかもわからない状態で、接触するのは得策じゃない。……欲しいのは情報だ。新鮮な情報が欲しい。悪いが、少しの間此処に居させてもらう。それと一つ、実験したいことがある」

「実験……?」

「ああ、その為に一つ建物を建ててくれ」


 

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