第7話『命のきらめき』
アンナはビオラに逢いに村へ来ていた。マーリンは、結界作成を終え、家で眠っている。
村ではちょうど麦の収穫期で、せわしなく活気に満ちていた。
当然アンナはこれに協力。村には若手が少ないため大変喜ばれた。
「いや~アンナ様は働き者だな」
「様はやめてよオジサン」
「いやいや、賢者様の弟子様を呼び捨てなんて、できやしねぇ」
恐れ多いとばかりに窮して言う。
「もう! ビオラさんも何とか言って!」
「って言ってもねぇ……」
まあ難しい問題だ。アンナ自身に自覚がなくとも彼女が特別であることは否定できない。なにせ彼女は家畜事件でその特異性を示している。
力があり、立場もあるとなれば諸人が敬う理由には事欠かないだろう。
「まあ我慢しなさい」
「むぅ~」
収穫が終わるとビオラの家に招かれた。食事会はささやかに行われたビオラと旦那であるオリバーが暖かく出迎え、マーリンとはまた違う暖かい食事を味わった。
「――説明した通り、魔力とは〝運命〟の前借になる。それを運用すると〝魔法〟と呼ばれる奇跡へと姿を変える」
「魔法! お師様がやってるやつ!」
食事会を終えて数日、賢者マーリンの魔法教練が始まった。
「魔法を行使するにあたって、詠唱と呼ばれる技法が必要になる」
「詠唱……?」
「詠唱というのは、言霊の力を使って魔力に指向性を与える技術だ」
マーリンがわかりやすく木の板に図を創って説明する。
「魔法というのは早い話が〝過程〟を排して〝結果〟を出力するコトなんだ」
「……?」
イマイチぴんと来ていないアンナ。
「例えば、魔法で火をおこすとする。これは素晴らしい事だが、しかし果たして、魔法のみでできる事だろうか? 答えは〝いいえ〟だ。薪があれば人は火をおこせる。同様に水も井戸を掘るなり水源を押さえるなりすれば同様の結果を導き出せる」
「でもわたしたちお師様みたいに空を飛べないよ?」
「善い質問だね」
「魔法による〝結果の抽出〟は
遠くの未来で人々が空を自在に飛べるならば、卓越した技量の魔法士であるならば、その〝結果〟を引っ張てくることができる。
「……いいかいアンナ。卓抜した魔法士は最早万能に等しい。場所によっては神々が如く奉じることもあるほどだ」
彼はお茶を嚥下すると、何時にない険しい表所をみせた。
「只人が、世界を歪める事が出来る。――この世界は
だからこそ、使い方を間違えてはいけないとマーリンは語った。その
――ビオラが臨月を迎えた。
それは秋の暮であった。しかしその日は助産師――彼女は医師の元で経験を積んでいる――である老婆が近隣の村に出ていて、助産師が居ない状態になっていた。加えてマーリンも森を離れていた。
たまたま村に居たアンナが助産を手伝う事に為ったのである。
「がんばってビオラさん!」
「~~~~~っ⁉」
「力んではダメよ力を抜いて」
アンナだけでは不安に思った村長が出産経験のある女性を助っ人として、送って来た。
「もう少しよ! 頭が見えてきてる!」
「――――っ⁉」
あまりの痛みで分娩台――分娩椅子――がきいきいとなっている。
そんな姿をアンナは見ているだけしかできなかった。多少特別力が有ろうと、経験も知識も乏しい幼子では出来ることが少ない。
幸い、ビオラの出産は順調で、既に赤子の頭が見えていた。
「あともう少し! あとちょっと! アンナ様! お湯を沸かして! 人肌と同じくらいの!」
「わかった!」
アンナがキッチンへ向かった。
「あと一息!」
「~~~~~‼」
一人の赤子がこの世に生まれ落ちた瞬間だった。おけにお湯を入れたアンナが現れる。産婆を務めた女性が赤子の汚れを拭い、布にくるむ。しかしそこで異変に気付く。
「泣かないわ!」
赤子は息をしていない。場に厭な空気が流れる。
――真坂死産……?
「アンナが駆けより、赤子を胸に抱く」
ぼう。プラチナの魔力が熾る。優しく温かく、命のきらめきを宿す魔力だ。
「〝泣いて、泣いて、泣いて……‼〟」
自然とアンナの瞳から涙が零れた。出産。何と素晴らしい現象なのだろうか。何と美しい神秘なのだろう。魔法であっても、叶わない命を創りだすという現象。ああ。護らないと。このささやかな命を護らないと。
「お願い……‼」
一層、光が輝く。眩い金色へと昇華して、赤子の命を祝福する。
――奇跡が起きた。
「おぎゃあ~~‼」
「泣いた! 泣いたわよ! ビオラ‼」
「ええ……!」
力なく応えるビオラ。その表情には安堵がありありと浮かんでいた。泣きぐずる赤子を産婆の女性がビオラの横に寝かせる。
「女の子よ! オリバーを呼んでくるわね!」
ビオラの旦那――オリバーを呼びに退出した。
赤子の命を肌で感じ、涙を流すビオラ。確かな命。自身から産まれた優しい命。
これほどの幸福が他に在るのかと、唯々感動する。
「アンナありがとう……」
「わたし何もしてない、出来なかったよ?」
「そんなこと無いわ、貴方がいてくれて良かった」
「……っ」
また涙が溢れてきた。胸の内を占める幸福に、アンナとビオラは微笑むばかり。
――わたしも大人になったら、ビオラさんみたいに子供を産むのかな?
「……貴方も産まれて来てくれて、ありがとう」
大切な産まれたばかりの我が子に、ささやか感謝をおくる。痛みさえ忘れて、ビオラは笑う。
「――ねえ、アンナ」
「どうしたの?」
「……名前……この子の名前付けてくれない――?」
「え――っ⁉」
さすがにそれは悪いと、幼いアンナにもわかった。普通こういうモノは夫婦で話し合って決めるものだ。出会って間もない自分がつけるのは流石に、気が引けた。
そう伝えると、ビオラは笑って「いいの貴方につけてほしい」と笑った。
「貴方がいなかったら、この命は此処に無かったの。私は貴方に一度、この子は二度貴方に救われている――だったら権利ぐらいあるんじゃない?」
その後ビオラは「オリバーが文句言ってきたらぶっとばしてやる」と豪快に言った。この人は凄い人だとアンナは笑った。
それからアンナは考えた。でもすぐには決まらなくて、ぐるぐる頭の中で記憶の扉を開いていると、昔訊いた自信の名前に行き当たった。
――どうして、私の名前はアンナなの?
――恵みの花の名前だよ。
――君が眠っていた場所はアンナという花畑だったんだ。
「……オルテンシア」
「……オルテンシア……、いいわね由来は何なの?」
「お師様に訊いた、花の名前の英雄……自由気ままに生きて、笑って、怒って、拗ねて、眠る人だったて」
「……それ以上の幸福は無いわなね」
ふふとビオラは微笑む。
気づけば、夜が去り始めていた。ビオラが眠りに就いてオリバーがオルテンシアを抱き上げたころ、アンナは帰路についた。疲労も限界で、足取りが少し怪しかった。
「……お師様」
「帰ろう」
アンナを迎えにマーリンが歩いてきた。彼女の手を引いて、夜道を歩いていく。穏やかに夜は太陽に焼かれて、朝焼けが二人の横顔を照らしていた。
――
心が温もり、自然と頬が緩む。大好きな人見る日常の風景、それが一っ番美しい。
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