第五章・選択
俺と律は、息を呑むような緊張感の中で初めての完全な演奏を行った。音楽室に響く音色は、まるで俺たちの心が一つになったかのようだった。指先から伝わる鍵盤の冷たい感触、律の半透明な姿が作り出す幻想的な光景、そして二人の息遣いまでが完璧に調和していた。夕暮れの光がピアノに映り込み、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
演奏が終わると、静寂が訪れた。律の姿が一瞬、まばゆく輝き、その光は音楽室全体を金色に染めた。その光景は美しくも儚かった。俺は息を呑み、心臓の鼓動が耳元で響くのを感じた。
「律...お前...」
言葉が喉につかえ、律は寂しそうに微笑んだ。彼の目には喜びと悲しみ、諦めが混ざっていた。
「うん...どうやら、お別れの時が近づいているみたいだね」
その言葉に、俺の胸に鋭い痛みが走った。喜びと悲しみ、達成感と喪失感が入り混じった。
「だから、重大な話がある」
律の表情が真剣さと恐れに変わった。彼の半透明な姿が一瞬、より実体を帯びた。 音楽室の空気が重くなり、息苦しさを感じた。
「このままじゃ、僕は翔太を死の世界に引きずり込んでしまう」
「もうここに来ちゃだめだ」
律の姿が歪み始め、まるでテレビの悪い電波のように揺らめいた。音楽室の空気が一層重く、冷たい風が吹き抜けた。蛍光灯が明滅し、ピアノの弦が軋む音が人の悲鳴のように聞こえた。
「来るな...二度と来るな!」
律の声が反響し、まるで脳髄を揺さぶるような感覚だった。俺は混乱し、音楽室を飛び出した。
その夜、俺は一睡もできなかった。律との思い出、音楽への情熱、現実世界での生活が頭の中でぐるぐると回った。律の歪んだ姿が目の裏に焼き付き、最後の演奏の余韻が耳に残った。
夜が明けると、俺の前には二つの選択肢が横たわっていた。律のもとへ行くか、現実の世界に残るか。決断の時が迫っていた。どちらを選んでも何かを失う重みが肩にのしかかり、呼吸が苦しくなった。
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