モキュメンタリー

関係者インタビュー：「海ぞいの集落」

　…ああ、そこにハイヒールが落ちていたんです。

　警察が来た時にチョークでまわりを囲って。

　写真だけ撮って、さっさと引き上げて。

　よく、あるんですよね。

　上の川で身投げして、汽水域（きすいいき）のこの場所まで流されちゃうの。

　バッグが落ちていたり。

　身につけていたものがあったり。

　…ああ、その日に居合わせたみたいですよ？

　近くの海水浴場に来た子たちが、面白がって。

　痕跡（こんせき）を動画に撮って、ドラマ仕立てにしようって言い始めて。

　ちょうど上流に宗教の施設があるんで。

　それのせいじゃないかって筋立てて、上に向かったみたいで。

　…別に、止めはしませんでしたよ？

　信者の人が知り合いにいるんで、ある程度の情報も入りますし。

　まあ、向こうはこっちの集落に近づくのを嫌っているようなんで。

　…私も、嫁に来た当初は困りましたよ。

　なにしろ、漁師町の田舎なんで。

　家は古いし。

　海風で自転車のフレームもすぐに錆（さ）びる。

　トイレにカマドウマは出るわ。

　フナムシが天井を伝って落ちてくるわ。

　寝ている時にもすごいんですよ。

　こんなに大きなダンゴムシが畳を移動している。

　目が覚めたら、いつのまにか指を噛まれてる。

　町でも、絆創膏（ばんそうこう）をしている人が多いから、たぶん同じだと思います。

　…そういえば、あの動画にも似たような生き物が映っていましたね。

　あの子たち、深夜の帰り道まで配信してたので。

　海水浴場に停めていた車の足元にも、ずいぶんといたようですし。

　…あの子たち、見つかっていないんですか？

　近所の人の話だと、翌朝にはブルーシートで車が覆われていたそうで。

　警察が、検問（けんもん）までしていたそうですし。

　かなりのことがあったのはわかったんですけど。

　…まあ、一応止めはしたんですよ。

　でも、ハイヒールを持って行ってしまって。

　この辺りの集落って、落ちたものは決して拾（ひろ）うなって謂（いわ）れがあって。

　…そうそう、私が見たダンゴムシ。

　本当は深海にいるそうですよ？

　海底に落ちた魚に群がって死肉をあさるそうで。

　たまに、漁師さんがうっかり網で引き上げて。

　指を食われて三角形の傷を作るんだそうです。

　…でも、なんで屋内にいるんでしょうかね？

　あの大きさが入れる隙間なんて、家にないし。

　鍵もしっかりとかけているのに。

　正直、治りかけるたびにまた傷がついて、今も困っているんです。

　…私の指の傷、見てみますか？