14.そして明るみに出る

 しかしそういうことに限って、あっさりと明るみに出るものである。

 

 週明けの月曜、ココが教室に入ると真っ先に倖世こうせいとコバの口笛が耳をついた。何かと思ってココは正面を見てぎょっとした。黒板に、珊瑚と綱吉くんの相合傘が大きく書かれていたからだ。黒板に駆け寄る珊瑚を、倖世とコバが両手を広げてガードしていた。

「辞めてよね! 塾が一緒なだけだし!」

 珊瑚の抗議も火に油だ。倖世とコバの二人は、ひゅーひゅーと珊瑚をからかい続ける。

「ちょっと、珊瑚が違うって言ってるじゃん!」

 ココはランドセルを背負ったまま倖世の前に行き、二人を止めようとした。しかし倖世もコバもへらへらと笑って、真剣に怒る珊瑚とココを喜んでいるようだ。

「そうは言ってもココ、この二人は一緒の車で塾から帰ってきてるんだぜ。オレ、土曜に家のそばで目撃したんだー」

 コバが両手を広げてガードをしながら、ココに言う。ココがPセンター駅で二人を見たのは金曜だった。翌日も二人は一緒だったのか。そして家のそばで車? どっちかの親が送ってくれているのだろうか。二人でバスターミナルで立って話していたのは、車を待っていたからだろうか。

「あれは綱吉くんのお母さんが送ってくれたの! 同じ塾なら一緒に帰りましょうって!」

「きゃー親公認!」

「結婚前提の仲っ!」

 珊瑚の否定で、更に二人は面白がって甲高い声を出してからかう。

 綱吉くんはまだ来ておらず、教室にいるのはまだ四人だけだった。珊瑚と二人そろってからかわれるのは、いくらしっかりしている綱吉くんだって嫌だろう。綱吉くんが来る前に黒板を消さないと。いや、それよりも亜里沙がこれを見たらなんて思うか──

 そう思ってココが、コバと倖世のガードをなんとか突破しようとした時だった。


「なによこれ!!」

 亜里沙の悲鳴が教室に響き渡った。しまったと思った時には、もう遅かった。教室の入口に、呆然と立ち尽くす亜里沙がいた。顔は今日来ている真っ白なブラウスと同じくらい、蒼ざめていた。

「亜里沙、これはね! 倖世とコバが勝手に……」

 ココが慌てて亜里沙の元に駆け寄り、状況を説明する。その間にジンちゃんとリセが登校してきた。二人は黒板と教室の入口で震えている亜里沙を見つけて、挨拶もせずに固まった。

「なに、綱吉くんと珊瑚って……」

 肩を震わせながら、亜里沙はつぶやく。大きく見開かれている切れ長の目には、みるみる涙が浮かんできた。倖世とコバも亜里沙の異変に気付き、ガードの手を緩めた。珊瑚はそれを見逃さず、二人を押しのけて黒板に駆け寄る。黒板消しをひっつかむと、今にも黒板を殴るような勢いでピンクのチョークで書かれた相合傘とハートマークを消した。

 

「この前から、綱吉くんがうちの塾に入って来たの。それだけ!」

 振り返った珊瑚が、亜里沙に説明する。珊瑚のおさげの三つ編みが、跳ね上がった。倖世たちへの怒りから、亜里沙への説明がぶっきらぼうになる。それが亜里沙を更に興奮させた。

「聞いてないよ、珊瑚と綱吉くんの塾が一緒だなんて! なんで隠してたのっ!」

 大将とメガネが教室の前から入ってきて、にらみ合う亜里沙と珊瑚に目を丸くする。珊瑚の横でおろおろしていた、事の発端のコバが慌てて大将に駆け寄った。耳打ちして、今の状況を説明しているらしい。大将の顔がすぐに曇った。

「言う必要ないでしょ。だってただ塾が同じなだけじゃない! ここに書かれてるようなこと、何一つないんだから!」

 珊瑚は正しい。

 そう、何もないなら言う必要なんてない。言ったらいったで、同じ塾で一緒に行き帰りする珊瑚を羨ましがって……やっぱり問題が起きそうな気がする。

 だけど言わないのも、なんか違う気もする。だって──亜里沙は、綱吉くんが好きなんだから。


「珊瑚、ひどいよ! わたしが綱吉くんのこと好きなの知ってて黙って一緒に通うなんて!!」

 亜里沙の目から涙がこぼれたと思ったら、向きを変えて教室を飛び出した。

「亜里沙っ!!」

 一部始終を見ていたココが、慌てて廊下に出る。亜里沙はパーマのかかった長い髪と、レースのついたスカートのすそをなびかせて廊下を走っているところだった。

「亜里沙あっ!!」

 遅れてココが叫びながら追いかけるが、亜里沙はもうずっと先を走っていた。止まる気配はなく、曲がって階段に飛び込んだ。なんとか階段までたどり着いたココが、下をのぞく。もう亜里沙は見えなかった。上履きが階段を蹴る激しい音だけが、響いていた。

「亜里沙ってばあっ!」

「来ないでっ!!」

 手すりから身を乗り出して叫ぶココに、遠くから返す亜里沙の声が聞こえた。

 そう言われたら、追いかけるのも悪い気がした。そもそも、とっさに追いかけたけど、亜里沙を捕まえてどうすればいいのかココは分からない。

 同じ男子を好きになる女の子の話を書いてるのに、結局ココは恋する気持ちがよく分からないのだ。だから珊瑚ももっと亜里沙に気遣えばいいのにとか、亜里沙も過剰反応しすぎじゃないかとか思うのだが、決して口には出せなかった。


 とぼとぼと教室に戻ると、もう亜里沙をのぞいた十三人全員が教室に来ていた。綱吉くんもだ。

 黒板も消え、亜里沙もいなくなり、まずいことしたと分かった倖世とコバが席について、うなだれている。だけど教室に漂った微妙な空気は、まだ残っていた。みんなのうちさっきの騒ぎを見ていた生徒たちは、珊瑚と綱吉くんに何かを伺うような視線を向けていた。

 賢い綱吉くんはそれを感じ取って、不思議そうな顔をしている。

「あたしと綱吉くんが一緒の車で塾から帰ってきたのを見た倖世とコバが、親公認で付き合ってるんじゃないかって言ったのよ」

 腕を組みながら、ためらうことなく珊瑚が綱吉くんに全部話した。

 最近分かった。普段のんびりと甘えたような口調で話す珊瑚なのに、苛立った時はものすごく怖くなる。

「へっ?」

 綱吉くんは目を見開いて返した後に、ぷっと噴き出した。

「一緒に帰っただけで付き合ってたら、疲れちゃうよね」

 綱吉くんは、爽やかな笑顔でそう言って終わりだった。コバと倖世は気まずそうに視線を合わせただけで、もう何も言わなかった。

 亜里沙もここにいたらよかったのに。いや、逆に珊瑚と綱吉くんの二人の息の合った否定を聞かなくてよかったのか。

 やっぱりココには正解が分からなかった。


 その日、亜里沙は教室に戻ってこなかった。

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