9.おそろい

 十月終わりの金曜日。待ちに待ってたような、待っていなかったようなお泊り会当日である。

 今日は夕ご飯の担当食材と、パジャマに着替えをランドセルではなくリュックに詰めて登校する。二年生のモモは、昨日の準備からずっと「いいなあいいなあ、お姉ちゃんいいなあ」を連呼している。

 モモだけじゃない。通学中に他学年の生徒は五年生を見ると「五年生、お泊り会いいなあ」と言っていた。リュックだから目立つのだ。だから学校手前で登校するジンちゃんを見つけた時、ココはほっとして声をかけた。

 

「おはようジンちゃん! 昨日眠れた?」

「思いっきり寝たよ、だって今日隠れてずーっと起きてるんだもんね」

 ボーダーの長袖Tシャツにデニムのショートパンツ姿のジンちゃんは、笑いながらココにピースサインをして見せた。ココも今日はこげ茶と白のボーダーTシャツに茶色のショートパンツだった。ジンちゃんは紺と白のボーダーだったから、二人は偶然似たような服装だった。

「おっはよー!」

 カエデが後ろから走ってきて、ココの背中を軽くぱしんとはたいた。

「ジンちゃんとココ、今日服おそろいじゃん! 相談して決めたの? リンクコーデ?」

 ジンちゃんとココの二人が振り向くなり、カエデは手を叩いて笑った。そう言うカエデは、ピンクのパーカーにモスグリーンのカーゴパンツで、二人とは全く違う格好だった。

「いやいや偶然なんだけどさ、なんか似た感じになっちゃった」

「ちょっと恥ずかしいね」

 ココとジンちゃんは顔を見合わせると、照れ笑いを浮かべた。

 波乱のお泊り会の幕開けである。



 

 四時間目まではしっかり図工と算数と国語の授業をやって、給食後にお泊り会開始である。とはいっても最初は、体育館に十五人で整列し、前に立った校長先生の挨拶からだった。

「みんな力を合わせて、今日よりも明日、更に十五人の仲が深まることを先生は期待しております」

 あけぼの小に来てからもう既に散々聞かされた開校からの先生の苦労(生徒が少ないから行事が合同だとか、今校歌を作るのに奔走しているとか)を十分ほどまた聞かされたのちに、頭のつるっとした校長先生は勝手に期待して話を終えた。その後は担任の羽村先生からの、今日の流れと注意事項の説明である。これだって散々聞かされているけれど。


「これからみんなで、家庭科室で夕食の準備をします。五時から夕ご飯、その後体育館でお楽しみ会になります。お楽しみ会終了後は、支援室のシャワーを浴びて九時に寝ます」

 なんと健康的な日だろう。ここにいる全員、普段から五時に夕飯を食べて九時に寝てる子などいないに違いない。

「明日は朝六時起床、支度して六時半からここでラジオ体操です」

 それも前から知っていたけど、お約束で大将が「げー」と言い、メガネが「早いよー」と言う。

「朝ごはんは先生の特製ですからねー、期待しててね」

 羽村先生が人差し指を頬に当てて、首をひねって可愛いポーズをして言うのでみんなは笑った。


「まじで亜里沙、告白するのかな」

 家庭科室でココがジャガイモの皮をむいていると、同じくカレー担当のジンちゃんがそっと寄ってきてココに耳打ちした。

 夕飯のメニューは結局カレーになった。それも何故か珊瑚こだわりの、ライスじゃなくてナン。むかしインド料理屋さんで食べたナンがおいしかったからと、力説してクラス全員を説得したのだ。ココは、ナンなんて初めて聞いた。クラスのみんなも同じで、殆んどの子が知らなかった。インド料理を知っているなんて、やっぱりお金持ちは違うのだ。

 あとはコールスロー。先生がカレーにはサラダがいいわねとアドバイスしたら、じゃあコールスローがいいと思いますと亜里沙が言ったのだ。ココはコールスローも分からなかった。ココの家でよく出るレタスとトマトときゅうりのサラダとは違うらしい。あとは味噌汁。これは、日本人の自分は毎日味噌汁と飲まないと気が済まないと言って、大将が譲らなかった。

 カレーとナンに、コールスローと味噌汁。

 めちゃくちゃだが、五年生で決めた夕飯メニューだった。これを三人か四人のグループで、一つのメニューを作ることになっている。カレーはジンちゃんとココ、それにカエデと元気の担当だった。


「だって亜里沙は、告白する気満々なんでしょ」

 ココは、ジンちゃんに同じように小さな声で返す。自分の言いだしたコールスローを担当している亜里沙は、恋する綱吉くんがキャベツを切っているのを手を叩いて応援している。その隣では同じくコールスロー担当のメガネが、マヨネーズを両手に持って、ぼーっとしていた。なんだあれ、とココは口には出さないが目を細めた。

「でも告白して……そのあと、どうするんだろう?」

 ココはずーっと考えてた疑問を、ジンちゃんに聞いてみた。ジンちゃんは目を大きく見開く。

「は?」

「いや、OKなら付き合うっていうのは分かるんだけど!」

 ジンちゃんの驚きが想定外だったので、ココは慌てて言葉を補足する。一応恋愛と友情のマンガを描いているのだ。告白の意味を知らないと思われては困る。

 ──好きな人ができたことはないんだけど。

「だってうちら、小五だよ? なにすんの。一緒に帰って、あと何するの? 公園で遊ぶの?」

「えーダサくない? 遊園地とかでデートしてるじゃん、マンガだと」

「どこにそんなものあるのよ」

 こんな何にもない山の上で──とココが言いかけた時、顔を寄せ合ってひそひそ話していた二人の間にぬっと影ができた。

「おい、ジンにココ! しゃべってないで、手を動かせよ!」

 同じカレー係の元気だった。

 ココと同じく二学期からの転校生で、くりっとした大きな目が特徴だ。名前の通り元気が特にいいわけでもないわけでもないが、よく家で料理をする孝行息子らしい。

「じゃがいも一個切るのに何分かかってるんだよ、ちゃっちゃとやれよー」

 元気の手元を見ると、最難関の玉ねぎは一人でもう切り終わっていて、ニンジンの山も隣にできていた。

「お前らさーペアルックなんて着て、いちゃいちゃ話してて恋人かっつーの」

 元気は目を細めて舌を出す。ジンちゃんはやだようもう、とおばちゃんぽく手を上から下に振った。

「ペアルックって年よりくさい、リンクコーデって言って。てか偶然でココもあたしも、あちゃーかぶっちゃったーって思ってるんだけど。あたしら、別に付き合ってないし」

「てか元気、じゃがいもの皮むき手伝って。難しい」

 否定するジンちゃんに続いて、ココは調子よくジャガイモを元気に手渡した。だって皮むき器を使わずに包丁でジャガイモの皮をむくなんて、身がなくなりそうだ。

「お前らなあ」

 元気の声に、ジンちゃんとココは同時に笑い出した。元気もまんざらではない様子で、一緒に笑い出す。


 その様子をナン係のリセがくちびるをかみしめて、少し離れた場所からぐっとにらみつけていた。

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