7.家でも

 五年一組、男子が七人と女子が八人。全部でたった十五人。

 

 そんな少ない人数のなかで、リセがにらんでくるからといっても、ジンちゃんを避けるわけにもいかない。遠慮してジンちゃんに話すのをためらうと、ジンちゃんの方から寄ってくるのだ。

「ココー! 昨日のテレビのお笑い見た? 面白かったよねー!」

 見たと言ったら内容の話が続くし、見てないと言ったら内容を教えてくれる。そんな話リセにしてよと思うけど、何も分かってなさそうなジンちゃんにそれをはっきり言うこともできない。

 

 大体ジンちゃんは、リセと二人でいっぱい話したり一緒に本を読んだり、リセがマンガを描いている同じ机で見守ってたいたりしている。そう、ココにはたったの一ページしか見てくれないリセのマンガを。

 だから一日のうちでジンちゃんがココに話しかけるのなんて、リセとの時間に比べたらほんのちょーっとでしかない。それなのにココがジンちゃんと話していると、リセはすごい目つきでにらんでくるのだ。

 

 だからって、やられっぱなしのココではない。

 ジンちゃんとココが話していると、少し離れたところでじっとにらんでくるリセに、一度勇気を出して言ったのだ。

「リセもそんな顔しないで一緒に話そうよ!」

  しかしリセは表情を変えることなく、そのままの目つきでぶっきらぼうに返しただけだった。

「いい、別に話すことない」

 ライバルのココとは話したくないということか。


 そして家でも、問題は起きる。


 ココが学校から帰宅してリビングに行くと、食卓のテーブルの上にピンクのノートが置いてあった。そう、ココがマンガを描いているあのノートだ。

 この日は学校には持っていかず、いつものように学習机の一番上の引き出しに入れておいた。父や母はもちろん、妹のモモにも見られたくないから厳重に管理している。リビングに置きっぱなしになど、するはずがなかった。

 慌てて部屋に持っていこうとノートをつかんだとき、キッチンから母が顔を出した。

「ココ、あなた何そんなもの書いてるのよ」

 低く押さえた母の声に、ココはさっと蒼ざめる。

「お母さん、読んだの!?」

 ココは金切り声を上げて、母の方を勢いよく振り返る。母は眉間にしわを寄せて目を細めている。こめかみに筋が入っていた。

「自分の部屋をあげた途端、いつも部屋でコソコソコソコソしてると思ったら!」

「なんで見たのよ、勝手に!!」

「見るに決まってるでしょう! 親なんだから!!」

 母の理屈に、一気にココの目に涙があふれでてくる。親だからって、何故勝手に子どもの引き出しを開けて、子どものノートを見るのだ。

 それもちょっと背伸びをして描いた、友情と恋愛の話。芽衣ちゃんとジンちゃんにだけ、特別に見せていたのに!

「見ないでよ、勝手に!!」

 ココは胸の前でしわくちゃになるほど強く、ノートを交差した両手で抱える。

「勉強もしないで、隠れてそんな好きだ嫌いだなんてくだらないもの描いてるココが悪いでしょう!! 大体転校して前の学校とは色々違うんだから、学校の勉強だけじゃなくてもっとたくさん勉強しなさいって──」

「うるさいっ!」

 ココが勉強してないって、なぜ母は言いきるのだ。

 母に隠れて描くのは、見られたくないからだ。目の前で描いたって、どうせ母はくだらないと言って怒るだろう。転校だって自分達の都合でさせたくせに、だからもっと勉強しろなんて、あまりにも勝手ではないか!

 ココはノートを胸の前に抱えて、走ってリビングを出た。歯を食いしばるが、涙は次から次へとあふれでてくる。背中から母の怒鳴り声が聞こえた。

 

「そんな下手くそなもの描いて、一体なんになるのよ!!」


 ココはそれを無視し、自分の部屋に飛び込むと壊れるほどの勢いでドアを閉めた。割れんばかりの音が家中に響き渡る。

「ココ! そんな風に閉じ籠るなら部屋なんて返してもらうよっ!!」

 母の怒鳴る声がリビングから聞こえた。

 ──うるさい、うるさい、うるさい!!

 ココはベッドに倒れこむと、枕を頭から被った。耳を枕でふさぐ。

「うわあああっ!」

 涙だけでなく、声まであふれでてきた。

 くやしかった。

 なぜ母は、前の学校での生活もマンガを描くことも、ココから取り上げようとするのか。なぜそんなにココがマンガを描くことが許せないのか。

 うまくないことなんて、分かってる。まだまだ思うようには描けないし、転校したら自分より上手なリセもいた。それでもうまくなりたいと、頑張っているのに!!

 うずくまりながら、胸の前でノートを抱きしめる。

 本当は母に見られたマンガなど、破り捨ててしまいたい。だけど半年もかけて、やっとここまで描いたマンガなのだ。下手でも、リセに鼻で笑われるストーリーでも、一生懸命描いたものを、簡単に捨てることも諦めることもできるはずなどなかった。

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