6.取ったとか、取られたとか

 しおり係は、珊瑚とメガネの田中くんとココになった。持ち物と二日間の流れを書き込んで、人数分印刷するのがしおり係の役目だ。


「こんな感じでいいかなあ」

 先生から発表のあった翌日の放課後。しおり係の集まりで、ココは表紙の下書きの下書きを見せた。昨日の夜家で描いてきたのだ。十五人の生徒たちがパジャマ姿でそれぞれ枕を投げ合ったり、怪談話をしている絵だ。

「ココちゃん、すっご! めちゃめちゃうまいじゃん!」

「すげー」

 珊瑚だけでなく、メガネの田中くんまでも誉めてくれるから、ココはえへへと照れ笑いを浮かべた。まだまだだと思うが、すごいと面と向かって言われるとやっぱり嬉しい。

「これじゃあ、いい加減な字とか書けないなあ。珊瑚」

「なに言ってるの、メガネも書くんだからね」

 テンポよく突っ込む珊瑚に、メガネの田中くんはへいへーいと調子よく答える。

 二人は四月からの一期生だ。ココより長く一緒にいるから、話のノリもいいみたいだ。それに気づいてココは口を開ける。昨日からずっと、心の奥でつっかかっていたことをそっと言葉にしてみた。

 

「あのさあ、わたしよりリセの方が絵が上手だと思うの。だから本当は、一緒に描いた方が良かったと思うんだよね」

「そんなことないよお」

 珊瑚は否定するが、ココは首を横に振る。謙遜とかそういうのじゃない。リセの方が表情とか、人の動きとか上手なのはこの前たった一ページだけ見せてもらったマンガでもよく分かった。くやしいけれど。

 

 それが二人だと描けないなんて、別に一人の人間の頭と体を別に描く訳じゃないし、そんなはずはない。例えば表紙と裏表紙にそれぞれ描いたってよかったはずだ。自分は一学期に描いたから、次はココが描いたらいいとリセは譲った──はずなど、絶対ない。だってあんなに恐ろしい顔で、ココのことをにらんでいたのだから。

 

「嫌だったんだろ、ココと一緒に描くのが」

 唐突なメガネの言葉に、ココは目を点にして言葉を失う。

「ちょっとメガネ!」

 珊瑚がぱしんとメガネの半袖の腕を叩くが、メガネは表情を変えない。外は秋の青空が広がっているのに、急に雷が落ちてきたかのようだ。メガネの言葉が、ずしんとココの胸に突き刺さった。

 ココだって、リセのことは別に好きってわけじゃない。

 最初からバカにするかのように笑われたし、実際なんかバカにされてるし。なんなら自分より絵がうまいし、よく分かんない(ちょっと大人な感じの)マンガ描いてるし。

 でも新しい学校に来て、みんなと仲良くなろうと思っていた。不安も緊張も押し留めて一ヶ月頑張っていたのに、いきなり嫌われるなんて。前の学校でだって誰かに嫌われるなんてこと、なかったのに。


「違うよ、リセがココのことを嫌ってわけじゃないと思うの」

 そうでしょと、珊瑚がメガネをうながす。気をつかってくれてるんだなあと思うと、ココはなんだか鼻の奥がつんと痛くなってきた。

「そうだよ違う違う! 珊瑚の言うとおり、嫌いとかじゃなくて!」

 ココの目に涙が浮かんできたことに気づいたメガネが、慌ててココの前で大きく手を振る。

「リセは、ジンがココと仲良くするのが嫌なんだよ!」

「へっ?」

 ココの涙が一気に引っ込んだ。

「あーやっぱり男子のメガネでもそう思う? やっぱそうだよねぇ」

 珊瑚は腕組みをしながら、大きくうなずいた。おさげ髪が肩の下で小さく跳ねた。

「どういうこと? なんでジンちゃん?」

 二人は分かりあっているようだが、ココは全く意味が分からない。隣り合って座っている珊瑚とメガネの間を切るように、ちょっとちょっとと手の平を縦にして机を叩いた。


「いや、だからね」

 メガネが、黒ぶちの太いめがねを人差し指で押し上げる。男子のオレでも分かってるのに、なんでお前が分かんないんだよとでも言いたそうな口調だ。

「一学期、リセとジンはいつもずーっと一緒だったの。女子三人しかいなかったし」

「え、だって珊瑚は?」

 一学期からの一期生は、リセとジンちゃんに珊瑚、大将とメガネの五人だ。女子が三人なら、珊瑚だってリセたちと仲よくしてそうだが。

「無理無理ぃ」

 珊瑚は、力強く手を横に振る。

「あの二人、いつもべーったりだもん。割って入れないよ。でもあたしが入っても、ジンちゃんは『ハクアイ主義』だから何とも思わないだろうけどさ、リセが怒る。っていうか、あたしもにらまれたこと何度もある」

 気のせいじゃないからねと珊瑚は続けたが、それはココもよく分かっている。あのにらみは、絶対気のせいではない。

「だからあたしは、メガネと大将と遊ぶことが多かったんだけど」

 五人だけの一学期、そんな感じだったのか。

「オレが12号棟に住んでて、珊瑚と大将が13号棟で、三人とも家も近いしさ」

 珊瑚、苦労してたんだなあとココは小さくため息をついた。


「わたし、ジンちゃんと仲よくはしたいけど、別にリセと仲良くさせたくないとか、独り占めしようとか思ってないんだけどな」

 ココのつぶやきに、珊瑚は大きくうなずいた。

「あたしだってそう思うけどさ。リセにはそんなあたしたちの気持ちは、理解できないんだよ。おまけにジンちゃん、ココの絵が上手って言ったじゃん。リセはそれも許せないんだよ。ジンちゃんが他の子をほめるなんてさ。気をつけなよ、ココ」

「気をつけるったって……」

 一体どうすればいいのだ。

 転校生なんてそういなかったから、前の学校では取ったとか取られたとか、そんなこと起きなかったのに。なんで自分がこんな目に遭わなきゃならないんだろう。

 ココは肩を大きく上下して、深いため息をついた。

 

 

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