5.ジンちゃんの推薦

 九月最後の学活の時間。担任の羽村先生が黒板に「お泊まり教室」と書いた。


「五年生は山で林間学校とか、海で臨海学校をしている学校があります。だけどあけぼの小はまだ人数も少なくて学校も新しいので、十月に学校でお泊まり会をします」


「ええーっ!」

「学校にぃ!?」

 途端に教室中に驚きと不満の声があがる。

「前の学校だったら、山梨に行くんだったんだよ!」

「うちは千葉の海ーっ!」

 そう声を上げたのは、メガネの田中くんとオシャレな亜里沙だ。

「えー学校に泊まるなんて楽しみじゃない?」

 これはポジティブなジンちゃんの意見だ。ジンちゃんの隣の席のリセが、だよねーと相づちを打っている。

「学校に泊まるなんて普通できないぞ。いいじゃねーか」

 一番後ろの席で、大きな体を揺らしながら大将が大きな声で言う。大将の一声にメガネの田中くんと亜里沙は首をすくめて、あっという間に教室中にそうだなあという空気が広がっていった。


 ココもちょっと面白そうだなと思った。前の学校は五年生では泊まりの旅行はなかったから、少し得した気分だ。

「先生、教室に布団敷いて寝るんですか?」

 成績優秀の綱吉くんが、さっと手を上げて質問した。

「それって痛そうー」

 すかさず綱吉くんの隣のおしゃれな亜里沙が、合いの手を入れる。

 羽村先生は生徒たちの不満にも笑顔を崩さない。パンパンと手を叩いて生徒を静かにさせると、すこし下がった目尻に、しわを寄せて微笑みながら話を始めた。

「床がふかふかしている支援室に、男女別でお布団を敷いて寝ます。夕御飯は、みんなでメニューを決めて家庭科室で作りましょう」

「カレー! カレー!」

 大将がリズムを取りながらカレーを連呼する。

「カレーなんて定番過ぎない? ピザ焼こうよ」

「なんでピザなんだよっ」

 メガネの田中くんが大将に意見して、大将がすぐに突っ込みをいれる。

 メガネをかけた田中くんは、大将と同じ四月からの一期生だ。背が低くてひょろっと痩せていて、大将とは正反対の見かけをしている。大将にすぐ投げ飛ばされそうなほどなのに、ひょうひょうと大将に意見を言ったりする。大将もそれが嫌じゃないらしく、意外と二人はいいコンビみたいだ。


「メニューはあとでみんなで話し合いをして決めましょう。今決めたいのは、しおりの作る担当なんだけど」

 羽村先生はぐるっと教室にいる十五人を見渡したあとで、中央に座っているリセを見た。

「表紙は一学期の遠足のしおりを作ってくれた、リセさんにお願いしようかしら」

 みんなの視線が、一斉にリセに集まる。リセはぴくんとまゆを動かして、くちびるを緩ませた。顔が少し赤らむ。

 その時だった。リセの斜め後ろの席のジンちゃんがさっと手を上げた。

「先生! ココも絵が上手なんです! リセとココの二人で描いたらいいと思います!」


 先生とクラスのみんなの視線が、一気にココに刺さる。全然予想していなかったジンちゃんの発言で注目を浴び、ココは目を真ん丸にする。

「じゃあココさんも絵が得意なら、今回は二人にお願いしようかしら」

「わたしも、リセさんと二人で描いたらいいと思います」

 先生の提案に、ココがうなずき答えたときだった。

「先生!」

 鋭い声が教室に響き渡る。真っ直ぐに手を上げたのは、最初に指名されたリセだった。リセは音をさせて、椅子から立ち上がって言った。

「二人で描くなんて難しいです。今回のしおりの表紙は須藤さんにお願いしたいです!」

「えっ」

 ココは口を大きく開けて、更に驚く。ゆっくりとリセを見た。そこには立ったまま顔を歪ませて、教室の端に座るココをにらんでいるリセがいた。

 そんな顔でにらむなら、自分だって描けばいいのに。何故リセは自分が降りて、ココだけに描かせようとするのか。


 正直、悔しいけれどリセの絵は上手だ。そのリセを差し置いてココが描くなんて荷が重い。だから絵ならリセが描くか、二人で一緒に描く方がいいのに──


 教室のなかに沸き起こる拍手で我に返る。みんながココに向けて手を叩いていた。

 ──リセだけを除いて。

「じゃあお泊まり教室のしおりの表紙は、ココさんに描いてもらいましょう」

 決定に戸惑いながら、ココは席に座ったまま小さく頭を下げた。

 嬉しいけれど、リセのあのにらんだ顔が頭に焼きついて離れない。ココの心をチクチク、ズキズキさせる嫌な表情だった。

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