3.新しい家

 新しい家のドアを開けた途端きゃーっとはしゃぐモモの声が聞こえ、ココはそのかん高さに顔をしかめる。

「ただいまあ」

 ランドセルを背負ったままリビングに顔を出すと、モモと知らない女の子がゲームのリモコンを持って大笑いしていた。テレビ画面には今二人がやっている、マリオカートが映し出されている。

 モモと同じ、二年生くらいの女の子だが誰だろう。ココがじっと見ていると、キッチンカウンターの向こうで昼ごはんの準備をしていた母が話しかけてきた。

「モモちゃんと同じクラスの子で、すずめちゃんですって。うちの下の下に住んでるからおいでよってモモが誘ったらしいの」

 転校初日で新しい友達を家に呼ぶのか、朝はあんなにぐずってたくせに。あれは一体なんだったのか。

 今朝の苦労を思い出し、ため息をつくココに母は呑気な声で問いかける。

「ココは? お友達連れてこないの?」

「初日からそんなことできるわけないでしょう」

「あらだって、モモちゃんは」

 母が話し続けているのを無視して、ココはリビングを出て自分の部屋のドアを開けた。

 

 ベッドと机と、本棚のある四畳半の部屋。ココはランドセルを降ろすと、ベッドに放り投げた。

 少し狭い部屋だが、前の家ではモモと一緒だったからこれで十分だった。

「いいでしょう、新しいおうちにはココ専用の部屋があるのよ」

「新しい家に住めるんだぞ。ココは幸せだな」

 いいのか、幸せなのか、それはココ自身が決めることだ。だけど転校を嫌がるココに、父と母はそう言って説得──納得させられた。


 窓際の自分の机に座り、写真立てを手に取る。そこには春の運動会の時に撮った、肩を組むココと芽衣ちゃんが写っていた。

 芽衣ちゃんと二学期も、一緒に学校に通いたかった。 だけどそれを声に出すと、母は苛立つから心の中で言うしかないのだ。

「新しい家に引っ越せて自分の部屋まで与えられるのに、ココは一体何が不満なのよ!」

 二年生のモモはぐずることが許されて、五年生になった自分が怒られる。その間にある境は一体何だろう。

 ココは頬杖をつきながら、窓の外を見た。新しいココの家は団地の端っこにある、28号棟の五階だった。端っこだから、隣にはまだなにもない。これから新しくマンションを建てるために土地を造成しているらしく、窓から見えるのはずっと遠くまで続いている土だらけの地面とショベルカーだけだった。遠くには、この山ノ上ニュータウンが切り崩される前のような緑の山々。

 リビングからは、またモモと友達の笑い声が聞こえてきた。


 ココは隣の昭和市に住んでいた。

 小学五年生になるまでずっと同じアパートに住んでいたのに、突然両親が引っ越すと言い出したのだ。引っ越し先は新しい街を作っている山ノ上ニュータウン。日本の片田舎なのに、山を切り崩して南欧風の団地を造っているのだそうだ。一画に建つマンションの五階に家を買ったという。心愛と桃花──ココとモモ──が話を聞いたのは、全てが決まった後だった。

 当然ココは猛反発した。卒業まであと二年もない、それも年度途中での引っ越し。来年はずっと楽しみにしていた移動教室だってあるし、六年生になったら生徒会役員に立候補したいとも思っていたのだ。

 最初のうち両親は、新しいおうちでいいでしょうとか、人生ではそういう経験も必要だとか、あれやこれやでなだめにかかっていたが、いつまでも嫌がるココに母はいつものヒステリーを起こした。

「じゃあ、あんた一人で暮らしてみなさいよ!」

 できるものならそうしたいことだが、小学五年生が一人暮らしを許される世の中ではないことは、ココにはよーく分かっていた。そして母が本気で一人暮らしさせる気など、一ミリもないことも。

 とにかく母がキレたら終わりなのだ。

 分かったと口を尖らすココに、母はなおも追い打ちをかけた。

「ココが嫌がってどうするのよ。まだよく分かってないでぐずるモモを、お姉さんなんだからその気にさせるくらいじゃないと」

 母の言うことは時折おかしい。だけど、父はそれを止めてくれはしない。

 そうしてココがおかしいことになって、ココの反発の大抵は終わらせられるのだった。

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