第7話 自然な補集合

 虐げられる、誰もがそんな姿は惨めで目に入れたくないと思う。

 アスタルトの特攻隊長の二人組は帰路についていた。追跡、みどりの二十四時は日付変更とともに終わったのだ。

 つかず離れずの距離感を保ちつつ、重い空気が二人の口を閉ざす。

 口火を切ったのは銀槍のミサトだった。


「……探索者の街って言っても、あるもんね。あんなこと」


 明確に言葉にしないのは、いまだ受け入れがたい現実であるからか。

 学生という制限された社会の中で生きてきた彼女たちにとって、ダンジョン以外の出来事に関心は向かない。そういう風に教育されるから。

 もとより探索者、未開拓領域を目指し、しかばねの山を築いてダンジョンを人類に役立てるよう常識はできている。ゆえに多分に漏れ出る社会の泥も彼らは見過ごす。知らぬ彼らは言う『必要な犠牲』だと。

 

「虐待、だよね。あれって」


 応答はなかった。

 しかし、ホノは言葉にせずにいられない。そういう人間なのだ。


「わたしたちってさ、ずっとダンジョンのことばかり。寮にはあったかい料理があって、大笑いの寮母がいる。だれもわたしたちを罵ることがない」

 

 軌跡を比べる。

 古紙の表面をなぞるように、見てこなかった空白アナザーストーリーへとフォーカスを当てる。

 他の深層探索者の気配は消えていた。そのままみどりをこそこそ追っていったらしい。彼らはなにを思っていたのだろう。

 

「……でもそれだけじゃないよね」


 一致団結、各々が未知へ焦がれて死地へ先行していく探索者。そんな人間は氷山の一角なのだ。

 あまりにも世界が狭かった。

 ミサトは俯き、銀の矛先が鈍く光る。


「実態は違うかもしれない……」

「ミサトのそういうとこ、好きになれないよ」

「……」


 みどりが去ってその場に残った二人は見ていた。聞こえていた。第二級探索者の底上げされた視力と聴力は絶対だ。

 ソファで眠りこける幼女を庇うように、床で父親らしき男に足蹴される少女を。罵詈雑言の嵐が、ろれつの回らないだみ声で耳をかすめていった。


「誤魔化しは効かないんだよ。わたしも、ミサトも」

「助けることなんてできやしない。わたしたちにはなにもできない!」


 探索者も法に従わなければならない。

 あの屈強な男が深層まで潜れるなら国はあの男の行いに目を瞑るだろう。国益のための一言で、すべてはひっくり返る。ミサトはそんな歴史を、いまなお続く国の慣習を知っている。

 

「知ってるでしょ、この国のエネルギー源の割合……!」

「……」


 今度はホノが黙り込む番だった。

 電力が三割、モンスターの体内から取れる魔石によるエネルギー変換が七割。

 過大に思えるほどの供給を賛辞されるであろうこの統計は、探索者の数と質、そして彼らの立場を確固たるものにしていることの証左である。

 探索者として育てられたミサトもホノも、それ以外の生き方を知らない。


「でもさ、だから無視するのは正しいの……?」

「っつ、なにも考えてないくせに不満ばかり並べ立てるな!」


 常に錬成される魔力を纏う手を振り抜き、街路樹を揺らすほどの強風を起こす。

 ぎりっと奥歯を圧して顔を背ける。雪のようなホノのほおに切り傷が一筋走っていた。淡い薄明かりの魔力光がミサトから放たれ、凍てついた夜にとけていく。


「私たちは探索者で、あれは司法の領分だ!」


 ミサトでも思わないでない。

 もしあのとき玉砕の足で窓を蹴破れば、少女たちは助けられていた。みどりの策も必要としない方法で、強引にでも場を沈められていたはずだ。

 しかし、それは一時凌ぎにしかならない。

 ミサトは『確実』をとり、ホノは『速さ』をとる。

 冷たい意思で暖炉火に蓋をする。

 顔をふせ歩き出したホノのとなりには決して立てない。

 時間が解決してくれるという甘えた思考を二人の探索者は許さない。けれど、領分を外れたものに対して彼女らは無力だった。

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