最終話 金網越しの約束

 高い塀に囲われた建物。

 ここは罪人が収容される監獄。


 今私は、長い廊下を看守の後をついて歩いている。

 奥は薄暗く、先が見えない

 看守が一つの扉の前で止まった。


「面会時間は30分だ」

「ありがとうございます」


 ギギギ…


 扉を開けると、金網の向こうにセルゲイ様が座っていらっしゃった。


「コルネリア…」

「セルゲイ様…っ」


 私は置かれていた木の椅子に腰かける。




 ―――セルゲイ様は4年の有罪判決を下された―――


 アルさんの言う通り私が刺されるのを阻止せず、刺された私を放置した事に対しての責任の有無を問われ、刑を免れる事はできなかった。


 代言人だいげんにんは盛られた薬による不可抗力を前面に押し、無罪を主張するつもりだったが、セルゲイ様がそれを拒否された。


 そして判決を言い渡された時、セルゲイ様は少し微笑んだように見えた。


 更に、シュヴァイツァー家は侯爵位から子爵位への降爵を言い渡したが、セルゲイ様は爵位返上、領地返還を申し出た。

 貴族から平民への凋落ちょうらくだ。


「…セルゲイ様…っ どうして…」


「罰を受けたかったのかもな」


「え…?」


「君を裏切り、死にそうになっている君を見捨てた事への…」


「でもそれは薬のっ…」


「それでも…だ。こうでもしないと自分が許せないんだろうな」

 そう話しながら、隣で大きく息をつくアルさん。

 

「セルゲイ様…」

 傍聴席にいた私は、ぼやける視界でセルゲイ様をただ見つめていた。

 

 レナータは極刑を言い渡された。

 違法薬物の入手に使用、さらに侯爵夫人に対する殺人未遂。

 減刑の余地はなかった。

 彼女は最後まで反省の弁を述べる事はなく、自分は侯爵夫人だと訴えていた。


 そしてシュバイツァー家もパルス家も廃絶となった。


 裁判終了後、セルゲイ様の代言人だいげんにんに声を掛けられ、一枚の紙を渡された。

 セルゲイ様の名前が署名された、離婚承諾書だった――――


 その後、実家のウィルトム家は娘婿が罪人となった事が知れ渡り、ホテルの利用客は激減、アパートメントの住人はほとんどが退去。残ったのは土地や建物に対する高い税金や諸々にかかる莫大な費用。その為、あっという間に資金難に陥ったらしい。




「お身体の具合はいかがですか? お食事は摂れていますか? きちんと睡眠はとっていらっしゃいますか?」

 

 少しお痩せになられたわ。

 お食事はきちんと召し上がられているのかしら?

 眠れていらっしゃるのかしら?


 聞きたい事がたくさんある。


「……コルネリア…君って人は…いつも僕の心配を…」

 セルゲイ様が左手で両目を覆った。


「セルゲイ様? いかがされました? 大丈夫ですか?」


「…僕は大丈夫だ。君の方は…背中の傷…大丈夫なのかい?」


「はいっ もう平気ですっ」


「………すまなかった…っ…」


「セ、セルゲイ様っ?」

 突然セルゲイ様が深々と頭を下げ、私は戸惑った。


「本当に…本当に申し訳ない事をした…っ! 君にきちんと…心から謝罪をしたかった…っ!」

 セルゲイ様は頭を下げたまま、謝罪された。


「…頭を上げて下さい。セルゲイ様はレナータのはかりごとに巻き込まれたのです。それにセルゲイ様はご自分の罪を受け入れ、ここにいらっしゃいます。だからもう私に謝罪される必要はありません」


「…っど…して…どうして君はそうなのだっ…僕を責めるべきなのに…っ 一番ひどい思いをさせられてきたのは君なのに…っ」


「責めるなんて…そのような気持ちはございません」


「コルネリア……僕は…僕は君を裏切ったんだ! 裏切ってレナータと……か、関係を持った……そしてレナータが君を殺そうとするのを止められず、血まみれで倒れている君を見捨てた…っ!!」


「それは薬のせいですっ セルゲイ様の意思ではありませんでした!」


「もちろん僕の意思などではない! でも!! …それでも…っ! 僕が君を裏切り、死にそうになっている君を助けなかった事実は一生消す事はできない…っ 僕は…自分が許せないんだ…!」

 セルゲイ様は再び項垂うなだれた。


「…そもそも…多額の負債を抱え、没落しつつある侯爵家を保とうとした事に無理があったんだ。もっと早くに降爵を申し出ていればよかった…っ そうすれば君を巻き込む事はなかった…!」

 握り締められた手は、小さな台の上で小刻みに震えている。


「……代言人だいげんにんから受け取ってくれたかい?」


 離婚承諾書の事を仰っているのでしょう…


「…セルゲイ様…私はセルゲイ様の元に嫁いで本当に幸せでした」


「え…?」


「両家の思惑がある結婚でしたが、セルゲイ様はつらかった実家での暮らしから私を救って下さいました。たくさんの事を知り、たくさんの事を学ぶ機会を与えて下さいました。世の中は楽しい事で溢れているのを教えて下さったのも、生まれて来た喜びを知る事ができたのもセルゲイ様がいて下さったから。私は…セルゲイ様に出会えて神様に心から感謝しています」


 セルゲイ様と出会ってからの思い出が蘇り、目の奥が熱くなる。

 

「コ…ルネリア……僕もだよ…君と一緒に過ごした日々は、とても幸せな時間だった…本当に……」

 悲し気に笑みを浮かべるセルゲイ様。


「……私今、隣町に住んでいるんです。アルさんの紹介で洋装店で働いています。アパートメントも借りられました。小さい部屋ですが、日当たりがとてもいいんですよ。侯爵家とは比べ物にならないくらい狭くてご不便だと思いますが、雨風はしのげますっ」


「…コルネリア…?」


「だから…だから…っ

 …………待っていて…いいですか?……」

 

「…っ!!…」


 セルゲイ様が私の言葉に目を見張った。

 そしてその目からとめどなく涙が零れる。


「…待って…いたいんです…」

 

 私の目からも、涙が頬を伝う。


「……ま、待っていて欲しい…っ! 待って……っ」


 言葉に詰まりながら、金網に手をかけるセルゲイ様。


「……っ」


 私はセルゲイ様の手に、そっと触れた。


「…あ、愛してる…コルネリア…っ ずっと…ずっと君に伝えたかった…!」 


「私も愛しています…セルゲイ様…っ」


 指先から感じるあたたかさが愛おしい。

 初めて二人で街に出かけ、手を繋いだあの日を思い出す。


 あの美しい空の下を、また二人で歩きましょう。

 その日まで待っています。


 いつまでも……




<終> 

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夫が愛人と共謀して、妻の私を殺した話 kouei @kouei-166

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