第14話 ある男の想い 2(セルゲイ視点)

『服のサイズがあっていない。お仕着しきせの物を用意したのだろう』


 結婚前の両家顔合わせの日。

 初めてコルネリアと会った時、僕はそんな事を考えていた。


 一応身なりはきちんと調ととのえられていたが、よく見るとあきらかに身体より服の方が大きく、髪はまとめられているが艶がなくパサついている。


 何より…瘦せすぎてる。

 化粧でごまかしているが目はくぼみ、頬はこけていた。

 前で合わされている手は、骨ばっていて荒れている。


 きっと男爵家で不遇な扱いをされてきたのだろう。

 彼女の状態を見れば、一目瞭然だった。


「……」

 胸の中が重くなり、思わず目をらした。


 子爵家との婚姻は、侯爵家を再興するための資金を得る為に必要な事。

 先代である両親の浪費のせいで雪だるま式に増えて行った負債。

 その両親は借金だけを残し、馬車の事故で1年前に亡くなった。


 返済の目途めどが立たず頭を抱えていた時に、ウィルトム家の噂を耳にした。


 子爵位とはいえ、資金力のあるウィルトム家。

 元は男爵家だったが金で子爵位を得た、ただの成金貴族。


 調べてみたら、子爵家には娘がいた。

 庶子だが、その方が都合がよかった。


 資金援助で負債を返済し侯爵家の収入基盤が安定したら、僕は離縁するつもりだったから。


 シュヴァイツァー侯爵夫人に、庶子の上、男爵上がりの娘は似つかわしくない。

 それにしょせん下位貴族。

 こちらから離縁を申し出ても、上位貴族の意向には逆らえるはずもない。

 だが、それ相応の慰謝料は払うつもりだ。


 僕は顔合わせのこの場に来る前、そんな傲慢な事を考えていた。


 だからコルネリアとは必要以上に接するつもりはなかった。

 一応、妻となるのだから最低限の気遣いはしようと思ってはいたが。

 

 けれど子爵家との顔合わせの日で初めて彼女に会った時、その姿に言いようのない感情が湧いた。


 その日はろくに僕の顔を見ず、彼女の声を聞いたのは僕の質問に答える「はい」「いいえ」の言葉だけ。

 答えられない時は黙りこくる。

 

 これは…会話というのだろうか。


 庶子だからろくな教育を受けさせてもらっていないのか、家で会話をする事もないのか…その両方かもしれない。


 僕の胸はますます重くなった。

 それでもこの婚姻は進めなければならない。

 シュバイツァー侯爵家再興のために……

 

 だけど…不遇な扱いを受けて来た彼女に、僕は気を遣わずにはいられなかった。

 エスコートをする際、手を出すのを躊躇ためらっていた彼女に…


「大丈夫ですから、僕の手を取って下さい」


 そう声を掛けた。

 彼女は驚いた顔をした後、安心したように小さく微笑んだ。


 そしてその日は、次の約束を取り交わして終わった。

 次に会う時、何かプレゼントを持っていくべきか僕は思案した。


 金の為にこの婚姻を何が何でも結ばなければならない。

 一応、機嫌をとっておく方が得策だ。


 彼女には申し訳ないという気持ちを持ちつつも、僕にとって大事なのは侯爵家の威光を取り戻す事だった。

  

「手荒れ用のクリームと婦人用の手袋を適当に選んで、プレゼント用に用意しておいてくれ」


 僕は執事にそう頼んでおいた。

 ふと脳裏をよぎったのは あの荒れた手。


 しばらくは侯爵夫人として過ごしてもらうからな。

 身ぎれいにしてもらわなければ困る。


 そんな考えだった…


 約束の日。

 彼女は僕が上げたプレゼントをことほか喜んだ。


「あ、ありがとうございますっ」

 自分の感情を言葉にした彼女。

 

「い…や…喜んでくれて何よりだ…」


 この時、初めてまともに彼女の顔を見て戸惑った。

 美しいアメジストの瞳で見せられた笑顔に、僕は目を奪われた。


 そして執事に用意させたプレゼントを見て、少し後悔した。

 自分で選んでいれば良かった……と。


 













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