第13話 ある男の想い 1(セルゲイ視点) 

「セルゲイ様、愛して下さってとても幸せでした。私は仕事がありますので、またあとで」

 レナータは呆然としている僕の頬に軽くキスを落とし、乱れた服を直しながら部屋を出て行った。


 パタン…


 僕は重い頭を押さえながら、床から立ち上がる事ができなかった。

 机の上の書類は床に散らばり、そこで行為がなされた事を物語っている。


 妻以外の女を抱いた…


 どうして、こんなことになったんだ!?


 考えなければならない事がたくさんあるのに、頭がボーっとする。

 倦怠感が重くかり、腕一つ動かすのも億劫だ。


 昨夜、僕は執務室で書類整理をしていて、レナータが持ってきたお茶を飲み……

 …それから?


 覚えているのはそこまでだ。

 前後の記憶が頭の中にもやがかかったようで不透明。

 記憶にあるのは甘い香りと急激に熱くなった身体。


 ……夢だと思ったんだ。


 突然目の前にコルネリアが現れて、僕に抱きつき甘い口づけを交わす。


 彼女からこのような行動をする事は決してない。

 そこに違和感があったけれど、もう止められなかった。


 まとわりつくような甘い香りが、思考を溶かす。


 僕はコルネリアをその腕に抱いた―――…


 気が付くと僕は半裸状態のレナータの上にし掛かっていた。


「な!!」


 あわてて身体を起こすと眩暈めまいに耐えきれず、床に倒れ込む。

 身体に残る気怠けだるさ。

 何が起こったのか分からなかった。


 なぜレナータがここにいるんだ?

 なぜ僕と彼女は半裸なんだ?

 僕は一体、何をしたんだ!?


 動揺している僕に、身なりを調ととのえながら近寄ってくるレナータ。


「セルゲイ様、愛して下さってとても幸せでした。私は仕事がありますので、またあとで」


そう言いながら、呆然としている僕の頬にキスをし、部屋を出て行ったのがつい先ほどの出来事。


「嘘だ…」

 僕は自分の頬をぬぐった。

 レナータが触れた部分をぎ落すかのように、何度も何度もこすった。


 だが、彼女レナータを抱いた事は確かだ。

 身体中に広がるこの無気力感が、そしてだらしなくあらわになった下半身がその現実を突きつけた。


「!!」


 ブチブチブチッッ


 僕はレースのカーテンを力任せに引きちぎり、下半身を覆った。

 僕がコルネリアと思って抱いていたのはレナータだったのか!

 

「…なんで…こんな…っ」


 とてつもない罪悪感に押しつぶされる。


 …どうすれば……どうすればいいんだ…!!


 僕は…ただただ絶望に打ちのめされた…



 ―――その後、コルネリアの顔をまともに見られなくなった。


 見れるはずもない…!

 彼女を裏切ってしまったのに…っ


 そうなると自然とコルネリアを避けるようになる。

 彼女が不安に思う事は分かっていた、けれど…彼女を裏切って平気な顔で向き合う事は出来なかった。


 レナータは関係をもったあと、僕に妻と離婚し自分と結婚して欲しいと要求し始めたが、妻と別れるつもりはない事を伝えた。


 それに彼女があのお茶に何か細工をしたに違いないんだ!

 だが……すべての記憶が曖昧で何の証拠もない。

 あの時のお茶は全て片付けられてしまった。


 でも記憶がなかったとはいえ、取り返しのつかない事をしてしまった事は事実。

 万が一子供が出来た場合は認知するつもりだった。


 けど、レナータは納得しなかった。

 コルネリアと別れて、自分と結婚しろと言ってきかない。

 更にとんでもない事を言い始めた。


「…そうですねよね…世間体を考えると簡単に離縁はできませんよね。ではしばらくの間、愛人でも構いませんわ」


 …何を言っているんだ、レナータは!

 万が一、コルネリアと別れる事になっても、レナータを妻にするつもりも愛人にするつもりもない。

 再度僕は、自分の気持ちをレナータに告げた

 

「君には心底申し訳ない事をしたと思っている。けれど、僕が愛しているのは妻だけだ。彼女と別れるつもりはない。万が一、妊娠していたら認知はする。パルス家には慰謝料を払うし、次の仕事場の紹介状も書く。だからここを辞めてもらえないか?」


 そう言うと案の定、彼女は退職する事を固辞。

 さらに…


「いやですっ 絶対辞めませんっ あなたは私を受け入れて下さったのですから! 私を辞めさせるというのでしたら、今すぐコルネリア様にセルゲイ様とのことをお話します」


 僕を脅すつもりか。

 そうすれば、要求が通ると思っているのだろうか。

 

「……話してくれて構わない。コルネリアには誠心誠意謝罪する。でも僕を許せなく、彼女が別れたいと言ったらそうするつもりだ。だが、彼女と別れても僕が君を受け入れる事は決してない!」


 …いっそう彼女がコルネリアに言ってくれればと思い始めた。

 僕が自分から話す勇気がないから……情けない…


 そう言うと彼女は目を見張り、すぐにその場から立ち去った。

 この時、レナータは僕の気持ちを理解し、諦めてくれたと思った。


 その考えが甘かったことをこののち、思い知らされる。

 

 僕と結婚しなければ、コルネリアは傷つけられる事はなかったのかもしれない―――…

 














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