第12話 暴走する激情 2(レナータ視点) 

※注意※

少し性描写あり



「これは【幻魅香げんびこう】という麻薬だ。体内に残らないからたとえ医者が診ても体調不良と判断するだろう。それに催眠作用ヒプノーシスに催淫効果もある。飲んだヤツは前後不覚になり、すぐにたらし込めるぞ。へへへっ」


「……」


 私は売人の言葉には反応せず、お金を渡した。

 売人は下卑げびた笑みを浮かべながらお金を受け取り、代わりに赤い粉の入った小瓶を寄越した。


 私はすぐにその場を立ち去り、裏路地に入ると被っていたスカーフを外した。


「やっと手に入った! これでセルゲイ様は私を愛して下さるわっ」


 人を操る媚薬交じりの麻薬があると聞いた事があった。

 パルス家の爪弾つまはじき者の従兄弟いとこが薬物に関して詳しかった事を思い出し、手に入らないか聞いてみた。

 従兄弟いとこのツテで売人と連絡が取れ、こうして手にする事ができたわ。


 私は小瓶を握り締めながら、愛する人の姿を思い浮かべた。



「どうぞ、ルイボスティーでございます」

「ルイボスティー?」

「はい、リラックス効果があると言われております。旦那様はいつもこんめられますから…」

「はは、いつも気が利くね。ありがとう」

「恐れ入ります」

 

 そうよ、あなたの事を一番分かっているのはこの私なのよ。

 セルゲイ様がゴクゴクッとお茶を飲む。

 私は今か今かと薬の効果を待った。


「!?」


 ガタン!!


 机に突っ伏し、肩で息をし出すセルゲイ様。


「…どうされました? 旦那様」


 私は高揚する気持ちを押さえながら、セルゲイ様の肩に触れた。


「っいい! 僕に…っ さ、わるな!!」


 過剰に反応したセルゲイ様が、私の手を振り払う。

 その時、セルゲイ様のたかぶっているのが一目で見て取れた。


 《効いているんだわ!!》

 私はセルゲイ様の右手を取り、自分の胸にそっと当てる。


「お苦しいのですよね? セルゲイ様。我慢されなくていいのですよ」


「や…めろ…っ!!」


 再び私の手を拒み、尚もあらがおうとするセルゲイ様。

 私は自分の胸をはだけ、セルゲイ様に抱きついた。

 

 「さあ…私を愛して下さい…っ」


 「くっ…!」


 セルゲイ様が私を机に押し倒し、荒々しく覆いかぶさった。

 ああ…今私は思い続けた方に愛されている。

 こんな簡単な事だったのね。

 あんな女を迎える前に、早くこうしておけば良かったわ。


 これでセルゲイ様はあの女と別れて私を迎えてくれる。

 そう思っていたのに…っ



「君には心底申し訳ない事をしたと思っている。けれど、僕が愛しているのは妻だけだ。彼女と別れるつもりはない。万が一、妊娠していたら認知はする。パルス家には慰謝料を払うし、次の仕事場の紹介状も書く。だからここを辞めてもらえないか?」


 ―――今なんて?


 セルゲイ様は私をこの屋敷から追い出そうしている…?


 なぜ!?

 私を愛してくれたのに!

 なぜ、そんな仕打ちをするの!?


 しかも、あの女を愛しているですって!?


 嘘よ!!


 あなたが愛しているのは、この私でしょ!?


 セルゲイ様と私は愛し合ったのにっ

 愛し合っているのに!!

 

 私は眩暈めまいがするほどの怒りに震えながら、逃げるようにその場を立ち去った。



 コルネリアのためにお茶の準備をする事に苛立っていた私は、セルゲイ様に他に好きな女性が出来た事を少し匂わせてみた。


 泣く?

 項垂うなだれる?

 意外にも怒るかしら?


 しかし、返って来た反応は予想に反したものだった。


「…もしかしたら…そうかもしれないわね」


「え!?」


「最初から、釣り合っていなかったから…」


「―――…だったら、さっさと別れなさいよっ」


「え? 何か言った?」


「…いえ、失礼いたします」


 あの女っ「そうかもしれないわね」なんて、呑気に言っていた。

 自分がセルゲイ様に不釣り合いな事は自覚しているんじゃないっ

 だったら、自分から身を引くべきでしょ?!


 そうよっ

 あの女がいるから私達は結ばれないっ

 あの女さえいなくなれば、私がセルゲイ様の妻として迎えてもらえる!


「そうだわ……邪魔者は消してしまえばいいのよ……」


 私に殺意が生まれた瞬間だった。



 

 

 



 

 

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