バンコク怪奇譚

ナコン家の黄色い悪夢

第1章：呪われた屋敷への招待

バンコクの夜空は、湿気を帯びた厚い雲に覆われていた。古びたコンドミニアムの一室で、佐藤貴志は、薄暗い部屋の隅に置かれた古時計の刻む重々しい音を聞きながら、静かに考え込んでいた。彼は、かつて名探偵として名を馳せた男だったが、今は静かに隠居生活を送っていた。しかし、運命の糸は、そう簡単に彼を放そうとはしなかった。

「佐藤さん、プラカノンの古いナコン家屋敷で奇妙なことが起きています。今すぐ調査に来ていただけませんか？」

電話口から聞こえてきたのは、震え声交じりの切迫した女性の声だった。その名はアピサー。彼女はナコン家の親戚で、最近屋敷に戻ったばかりだという。ナコン家――その名前に、佐藤はかつて新聞記事で目にした恐ろしい事件を思い出した。

第2章：幽霊が彷徨う館

プラカノンの屋敷は、まるで時が止まったかのような重苦しい空気に包まれていた。一歩足を踏み入れると、湿気と埃の混じった独特な香りが鼻を突いた。天井には巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされ、薄暗い廊下を進む度に、背後から何かがこちらを見ているような気がした。

特に不気味だったのは、屋敷の奥深くにある一室で、黄色く錆びついた扇風機が、まるで生きているかのようにゆっくりと回転していたことだ。その扇風機から発せられるうなり声は、まるで呪われた魂の呻き声のようだった。アピサーは震えながら言った。「この扇風機には何か秘密があると思うんです。」

第3章：血塗られた遺産

佐藤はナコン家の歴史を深く掘り下げていくうちに、恐ろしい事実を知ることになった。ナコン家はかつてタイを代表する財閥だったが、その莫大な財産を巡る争いが絶えず、一族の人々は次々と謎の死を遂げていた。

特に現当主のチャーイ・ナコンの死は、この一族の呪いを象徴する出来事だった。チャーイは莫大な遺産を相続する直前に不可解な死を遂げ、その死因についても多くの憶測が飛び交っていた。アピサーは、「私たちにはこの呪いを解かなければならない理由があります」と訴えた。

第4章：黄色い悪夢の囁き

夜が深まるにつれ、屋敷の異様な雰囲気が増していった。佐藤は黄色い扇風機の前に座り込み、そのうなり声に耳を澄ませた。すると、かすかに人の声が聞こえてきた。

「ここにいる…私たちがいる…」

その声はまるで屋敷の壁から染み出てくるように、不気味に響き渡った。佐藤は、この屋敷に囚われた無数の魂が彼を呪い、そして永遠にこの場所に閉じ込めようとしていると感じた。

第5章：地下に潜む悪夢

佐藤とアピサーは屋敷の地下へと続く階段を降りていった。地下室は薄暗い明かりの中で無数の黄色い扇風機が並べられており、それらはまるで機械仕掛けの悪夢の軍団のように、一斉に回転し始めた。

「これこそがナコン家の呪いの源だ」と佐藤は確信した。そして彼は、この呪いを打ち破るためにすべての扇風機のスイッチを切り始めた。「私も手伝います」とアピサーも続けた。

第6章：呪いの終焉、そして新たな始まり

最後の扇風機のスイッチを切り終えた瞬間、屋敷全体が激しく揺れ動き、まるで地割れでも起こったかのように地下から轟音が響き渡った。佐藤とアピサーはその衝撃で意識を失い、深い闇へと落ちていった。

気がついたとき、佐藤は病院のベッド上にあった。医師によると過労と精神的なショックで倒れていたという。しかしアピサーについて尋ねると、「彼女も無事です」と告げられ安堵した。

退院後、佐藤とアピサーは再びナコン家屋敷を訪れた。屋敷には以前とは異なる静けさが漂っており、不気味さも和らいでいた。しかし佐藤は、この場所には何かが残されていることを感じていた。それは過去の悲劇や永遠に消えることない呪いの痕跡だった。

第7章：永遠に続く悪夢

それから数年後、佐藤は再びプラカノンを訪れた。ナコン家屋敷が取り壊され、その跡地には新しいマンションが建っている光景を見ると複雑な心境になった。しかし夜になると彼女との思い出や黄色い扇風機が夢に現れる。そして彼はあの日地下室で聞いた無数の声によって再び悩まされることになる。

ナコン家の呪いは永遠には消えないかもしれない。しかしこの経験を通して、人間心の闇や恐ろしさについて深く知ることになった。そして彼は、この世には科学では解き明かせない謎や真実が存在することを確信していた。