灼熱の叫び - プラカノン運河の呪い
第一章:灼熱の夏
プラカノン運河の水面は、容赦ない太陽の光を反射し、まばゆいばかりの輝きを放っていた。しかし、その美しさとは裏腹に、運河沿いの小さな木造家屋の中は、重苦しい空気に包まれていた。サオワパーは、家の中で一人、古びたうちわを必死に仰ぎながら「暑い、暑い」と繰り返していた。彼女の声は、どこか遠くから聞こえてくるようで、まるで自分自身を慰めるかのようだった。
サオワパーは20歳そこそこの若く美しい女性だった。彼女の心には愛する夫ソムチャイへの深い思いが宿っていた。しかし、彼が徴兵されて戦争に行ってからというもの、彼女の生活は一変した。生まれたばかりの赤ん坊を抱えたまま、彼女は孤独と絶望に苛まれていた。ソムチャイが無事に戻る日を待ち望む気持ちが、次第に彼女を追い詰めていった。
日々の暑さは彼女の精神を蝕んでいった。赤ん坊の世話に追われる中、彼女は次第に現実と幻想の境界を見失っていった。時折、ソムチャイの姿が見えたような気がして振り返るが、そこにいるのは影だけだった。
第二章:孤独な日々
夜が訪れても、サオワパーの苦しみは和らぐことはなかった。むしろ、闇が深まるにつれて彼女の不安は増していった。かつては友好的だった村人たちも、彼女を避けるようになっていた。彼女の異様な様子に恐れをなしたのだ。
サオワパーは赤ん坕を抱きしめながら、「暑い、暑い」と叫び続けた。その声は村中に響き渡ったが、誰も助けに来ようとはしなかった。村人たちは彼女の存在を忌み嫌うようになり、夜になると家から一歩も出ようとしなくなった。
ある夜、サオワパーは赤ん坊の泣き声に気づいた。しかし、どんなに必死に探しても赤ん坕の姿は見つからなかった。彼女は混乱し、パニックに陥った。「赤ちゃん!どこにいるの?」と叫びながら、家中を探し回った。しかし、赤ん坊はどこにもいなかった。
実は、赤ん坊はすでに亡くなっていたのだ。しかし、サオワパーはその現実を受け入れることができずにいた。彼女の精神は徐々に崩壊していった。
第三章:幽霊となって
数週間後、サオワパーは高熱に苦しみながら息を引き取った。彼女の魂は安らぐことなく、プラカノン運河のほとりをさまよい続けることになった。彼女の幽霊は、赤ん坕を抱いた姿で現れ、見る者に恐怖と同情を与えた。
村人たちの間で噂が広まった。「あの家には悪霊が住んでいる」と。サオワパーの幽霊が現れるたびに、不幸が訪れると信じられるようになった。人々は夜になると家から出ることすら避けるようになった。
しかし、サオワパーの魂には、自分が死んでいることすら理解できていなかった。彼女はただ、愛する夫ソムチャイの帰りを待ち続けていた。「暑い」と響くその声には、切実な願いが込められていた。
第四章:絶望的な待ち続け
時が経つにつれ、サオワパーの幽霊はますます絶望的になっていった。彼女はソムチャイが帰ってくることを信じ続けていたが、その信念が彼女自身を苦しめていることに気づいていなかった。
ある月夜、サオワパーの幽霊は再びうちわを仰ぎながら「暑い」と叫んでいた。その声は夜空に響き渡り、村人たちは恐れおののいた。「またあの幽霊が現れた」と噂し合う声が聞こえた。
その夜、若い男がプラカノン運河のほとりを歩いていた。彼の名前はティーダーといい、近隣の村からやってきた旅人だった。彼は噂を聞いていなかったため、恐れることなく歩いていた。
突然、ティーダーの目の前に美しい女性の姿が現れた。それはサオワパーの幽霊だった。彼女は赤ん坊を抱き、悲しげな目でティーダーを見つめていた。
「暑い...」とサオワパーは囁いた。
ティーダーは驚いたが、同情心から彼女に近づいた。「大丈夤ですか?何かお手伝いできることはありますか?」と彼は尋ねた。
サオワパーの幽霊は一瞬喜びの表情を浮かべたが、すぐに悲しみの表情に戻った。「ソムチャイ...あなたはソムチャイではないのね」と彼女は言った。
ティーダーは困惑した。「いいえ、私はティーダーです。あなたは誰ですか?」
しかし、サオワパーの幽霊は答えず、ただ「暑い」と繰り返すばかりだった。そして突然、彼女は消えてしまった。
ティーダーは恐怖に震えながら、急いで村に戻った。彼はその夜見たことを村人たちに話したが、誰も彼の話を信じようとしなかった。
第五章:戦争から帰還した夫
数ヶ月後、戦争から帰還したソムチャイは、自分の家へ向かった。しかし、その道中で村人たちからサオワパーの死を知らされる。彼には信じられない現実だった。「そんなことはあり得ない」と思いつつも、自分の心には確かな不安が芽生えていた。
ソムチャイは家へ戻ると、不気味な静寂に包まれていることに気づいた。埃をかぶった家具、朽ち果てた柱、そして赤ん坊の形見の服。全てが彼の不在の間に起きた悲劇を物語っていた。
そしてふと耳を澄ませば、かすかに「暑い」という声が聞こえてきた。それは間違いなくサオワパーの声だった。ソムチャイは震える手で額の汗を拭いながら、運河沿いへ向かった。
第六章:最終的な対峙
運河沿いで待つサオワパーの幽霊と再会する瞬間、ソムチャイはその美しくも悲しい姿に目を奪われた。彼女の目には深い悲しみと絶望が宿っていた。
「サオワパー、私が戻ってきたよ」とソムチャイは言葉をかけた。
サオワパーの幽霊は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに「暑い...暑い...」と繰り返し始めた。
「どうして帰ってこなかったの?」という無言の問いかけがソムチャイの胸に突き刺さった。彼は言葉を失い、ただ立ち尽くすしかなかった。
その時、サオワパーの幽霊は赤ん坊を抱いた姿で近づいてきた。ソムチャイは恐怖と悲しみで身動きが取れなかった。サオワパーの幽霊は彼の目の前で赤ん坊を差し出した。
「私たちの子よ...」とサオワパーの幽霊は囁いた。
ソムチャイは震える手で赤ん坊を受け取ろうとしたが、その瞬間、幻影は消え去った。彼の手には何も残っていなかった。
突然、激しい風が吹き始め、運河の水面が荒れ狂った。サオワパーの幽霊は悲痛な叫び声を上げながら、ソムチャイに近づいてきた。
「なぜ私たちを置いて行ったの?」と彼女は叫んだ。「私たちはずっと待っていたのよ!」
ソムチャイは後ずさりしながら、「許してくれ、サオワパー。私は戻ってきたかったんだ。でも...」
彼の言葉は風に攫われ、サオワパーの幽霊は更に近づいてきた。その姿は次第に恐ろしいものへと変貌していった。美しかった顔は歪み、目は赤く光り始めた。
「もう遅いわ」とサオワパーの幽霊は言った。「私たちと一緒になるのよ」
ソムチャイは逃げようとしたが、足が地面に釘付けになったように動かなかった。サオワパーの幽霊は彼を抱きしめ、そのまま運河の中へと引きずり込んでいった。
村人たちは、その夜ソムチャイの悲痛な叫び声を聞いたという。しかし、誰も助けに行く勤を持たなかった。
翌朝、ソムチャイの姿は消え、二度と見つかることはなかった。
エピローグ:伝説となって
それから何年も経った後も、プラカノン運河のほとりでは、夜になると「暑い」という女性の声と、赤ん坊を抱いた幽霊の姿が目撃されるという噂が絶えなかった。
村人たちは、サオワパーとソムチャイの悲劇的な物語を語り継いだ。それは愛する者との再会を果たすために待ち続けた女性の物語であり、戦争によって引き裂かれた家族の悲しみを象徴するものだった。
プラカノン運河を訪れる人々は、今でも夜になると奇妙な現象に遭遇すると言う。水面に映る月の光が、まるで女性の姿のように見えたり、風に乗って赤ん坊の泣き声が聞こえてきたりするのだ。
そして、特に暑い夜には、「暑い...暑い...」という囁きが聞こえてくるという。それを聞いた者は、決して振り返ってはいけないと言われている。もし振り返れば、美しくも恐ろしい女性の幽霊に魅了され、運河の中へと引きずり込まれてしまうかもしれないのだ。
プラカノン運河の幽霊の伝説は、愛と悲しみ、そして戦争の残酷さを物語る象徴として、これからも語り継がれていくだろう。そして、暑い夜に運河のほとりを歩く人々は、今でも背筋に冷たいものを感じるのである。
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