バーミーの誘惑 - バンコク崩壊後の奇妙な味

未来のバンコク、プラカノン。食料が不足し、都市は崩壊しつつあった。アメリカ人のバックパッカー、ジェシカとマイケルは、廃墟のようなエリアで一泊数バーツのアパートを見つけた。廊下に響くカタカタという音が二人を不安にさせたが、管理人の老婆は不気味な笑みを浮かべながら部屋の鍵を手渡した。


「ここでは扇風機しかないけど、快適よ」と老婆は言い、古びた黄色い扇風機が部屋の隅でゆっくりと回っているのを指さした。


その夜、二人は外から聞こえる奇妙な音に目を覚ました。窓の外を見ると、真夜中なのに煌々と営業する屋台の灯りが見えた。「バーミー」と書かれた看板が風に揺れている。食料が枯渇しているこの時代に、こんな屋台が開いているのは奇妙なことだった。


二人は好奇心に駆られ、屋台に向かった。屋台の主は、管理人の老婆とよく似た不気味な女性で、湯気の立つ鍋から何かをすくい上げていた。トッピングの昆虫が不気味に蠢く様子が彼らの目に留まったが、腹の減ったジェシカとマイケルはそれを気にしなかった。


「特別なトッピング、試してみて」と、老婆にそっくりな屋台の女性が微笑んだ。スープの中には、巨大な昆虫が沈んでいた。異様に大きなカブトムシのような生物がトッピングされ、奇妙な甘さが漂うスープに混ざっていた。


「これ、思ったより美味しいかも」ジェシカは、最初の一口を躊躇しながらもすすった。だが、次第にその奇妙な味が病みつきになっていく。スパイシーでありながら、どこか不気味な甘みが彼女の舌に絡みついた。昆虫のカリカリとした触感すら、今では魅力的に感じ始めていた。


マイケルもまた、バーミーに夢中になった。気味悪いと思ったはずの昆虫たちが、今や二人にとって究極のご馳走のようだった。


翌朝、二人は不思議なほど満たされた気持ちで目を覚ました。部屋の中では、黄色い扇風機が変わらずカタカタと回っている。外に出ると、アパートの住人たちが集まっているのが見えた。彼らはまるで家族のように笑い合い、何かの儀式のようなものを楽しんでいた。二人はその様子を見て、不安どころか、むしろ一体感を覚えた。


「昨夜のバーミー、また食べたいね」ジェシカはふとつぶやいた。


住人たちの目が、一斉に二人に向けられた。そして、彼らは口元に不気味な笑みを浮かべ、扇風機の羽が回る音と共にリズミカルに体を揺らし始めた。二人は奇妙な安堵感に包まれ、その場に溶け込むように住人たちの輪に加わった。

「ようこそ、私たちの世界へ」と、あの老婆が再び現れた。彼女の手にはバーミーの丼があり、再び奇妙な昆虫がトッピングされていた。


二人はいつしか、アパートの住人たちと同じく、日が昇る前に目を覚まし、屋台でバーミーを楽しむようになった。昆虫のトッピングすら、もはや日常の一部だ。誰もがその甘い誘惑に抗うことができない。そして、黄色い扇風機の音が耳元で静かに響き続け、彼らをさらなる夢の中へと誘い込む。


だが突然、ジェシカは冷や汗と共に目を覚ました。そこはカリフォルニアの自宅、手にはボロボロになったタイのバンコクガイドブックを握りしめていた。表紙には「プラカノン」と書かれた文字が滲んでいる。


「一体、何が起こったの…?」彼女は夢から覚めたように、手に持ったガイドブックを見つめた。だが、耳の奥にはまだ、あの扇風機のカタカタという音が静かに鳴り響いていた。


現実はどこにあるのか?バンコクの夢はただの幻だったのか?ジェシカにはもはや、答えを見つけることができなかった。バーミーの甘い香りは、まだ記憶の片隅で強烈に漂っていた。

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