プラカノンの悪霊 - 芸人ユウタを襲った不可解な出来事

バンコクのプラカノン運河沿いにある古びたアパートに、一人の日本人お笑い芸人、ユウタが引っ越してきた。芸人としての仕事が少なくなり、生活費を節約するために事故物件だと噂されるこのアパートに住むことを決意したのだ。

アパートは見るからに年季が入っており、入り口には管理人の老婆が座っていた。老婆は小さく、細い体に深い皺が刻まれた顔をしており、鋭い目でユウタをじっと見つめてきた。老婆は英語を話せないようで、何かタイ語でつぶやいたが、ユウタは理解できなかった。老婆はただ笑って首を振り、鍵をユウタに渡した。

ユウタの部屋は3階にあり、階段を上るごとに不気味な音が建物全体から響いてきた。部屋の扉を開けると、重い空気が一気に押し寄せ、かすかな湿気と黴の匂いが鼻を突いた。部屋の中央には、年代物の黄色い扇風機が静かに立っていた。何十年も前のモデルで、色褪せた黄色が不気味に感じられた。

ユウタは荷物を置き、部屋を見回した。狭いながらもシンプルな部屋で、窓からはプラカノン運河が見える。疲れていたユウタはベッドに倒れ込み、すぐに眠りに落ちた。


その夜、ユウタは何かに呼ばれているような感覚で目を覚ました。部屋は薄暗く、唯一の光源は外から差し込む月光だけだった。彼は何かがおかしいと感じ、部屋の中を見回した。すると、黄色い扇風機がゆっくりと回っているのが見えた。

「おかしいな、スイッチを入れた覚えはないのに…」

ユウタは恐る恐る扇風機に近づいた。その瞬間、扇風機は突然停止し、何もないはずの空気中からかすかな声が聞こえてきた。耳を澄ますと、それはタイ語で何かを呟いているようだった。ユウタはその言葉を理解できなかったが、妙に冷たい感触が背筋を駆け上がった。

彼はすぐに扇風機のスイッチを切り、ベッドに戻った。眠るのは難しかったが、何とか目を閉じると、再び眠りに落ちた。


翌朝、ユウタは管理人の老婆に会うために下の階へ向かった。老婆は昨日と同じ場所に座っており、相変わらず無表情だった。

「昨日の夜、何か変なことがあったんです。部屋の扇風機が勝手に動き出して…」

老婆はユウタの話を聞くと、顔色を変えずに小さく笑った。

「それは『プーペート』です。この扇風機は霊が憑いています。ここに住んでいた前の住人も、あの扇風機が動き出すと言っていました。霊は…好きな人にしか見えません。」

ユウタは不安を感じたが、それでも事故物件に住むことを決めた自分に言い聞かせるようにして、部屋に戻った。


その夜、再び扇風機は勝手に回り始めた。今度は回転が速くなり、風が激しく吹き付けてきた。ユウタは恐怖に怯えながらも扇風機に近づき、スイッチを切ろうとしたが、手を伸ばすと扇風機の風が強くなり、彼の手を弾き返した。

突然、扇風機の羽が異常な速度で回り始め、黄色いカバーが外れて床に落ちた。中からは古びた紙が出てきた。それを拾い上げると、紙にはタイ語で何かが書かれていた。ユウタはそれを見て不思議に思いながらも、近くのタイ人の友人に翻訳を頼むことにした。

翌日、友人に紙を見せると、その友人の顔が青ざめた。「これは…警告だ。この部屋に住んでいた人々が…皆、謎の死を遂げたという内容だ。おそらくこの扇風機に何か悪いものが宿っているんだ。」

ユウタはその夜も部屋で眠ることにしたが、心の中で決意していた。「もし、今夜も扇風機が動くようなら、この部屋を出ていこう。」


深夜、扇風機はまたもや回り始めた。今度は風が冷たく、部屋中に不気味なささやき声が響き渡った。ユウタは恐怖を感じながらも、何かに突き動かされるように扇風機に近づいた。その瞬間、扇風機が突然爆発し、破片が四方に飛び散った。

ユウタは驚きのあまり部屋を飛び出し、管理人の老婆の元に駆け込んだ。しかし、老婆はどこにもいなかった。代わりに、彼女の座っていた椅子には古びた黄色いカバーが置かれていた。

それを見た瞬間、ユウタは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。彼は急いでアパートを出て行き、二度とその場所には戻らなかった。

プラカノンの黄扇風機は、今もなお、誰かの手によって動き続けているという噂が絶えない。誰もいない部屋の中で、誰かの命を狙いながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る