第50話 先ほど戦った天后も、
先ほど戦った天后も、玉藻を真似ていると言っていたが、さすがオリジナルだ。神々しい美しさは瑞獣と言われるだけあって非の打ちどころがない。ただ、吊り上がった狐目だけは妖怪の本性が向き出しで、見つめられると魂が吸い取られるかと思うほど魅了されてしまう。
「こいつが、八咫烏が復活をもくろむ九尾狐という大妖怪」
「陣! じゃあここで退治したほうがいいよね!」
「彩夏!七星!気をつけろ! わけの分からん術を使うぞ!!」
「さっきは油断しただけやん! 陸ならうちが最強って知ってるやろ!」
「七星! まずはワイがって、影があらへんやん?!」
女の正体を曝露した俺の言葉に全員が戦闘態勢に入った。しかし、このくらい大妖怪になると格は神と同等らしい。いつの間には九本のしっぽが生え、うねうねと玉藻の背後に広がると後光のように輝き自らが光となって影を飲み込む。
漠然と七星の光芒と陸の影戯は相性が悪そうだと考えていた。
「あんたらが、あてを迎えに来たんどすか? そこのオナゴさん、あての依り代にピッタリどすな~」
間の抜けた京都弁を話しているが、オーラは殺気が上書きされ、周りの空気が数度下がった気がした。
しかも、輝夜を依り代にしようとしている。天后の話を合わせて、八咫烏は別次元に匿っていた九尾の狐である玉藻を召喚しようとしていた。しかも、呪符を依り代にした死霊術とは違って生身の人間に降ろすつもりで生贄を準備しようとしていたようだ。
この瘴気の塊とも言える玉藻の零体が幽子を大量に持つ生きた人間に憑依したら……。幽子と反幽子の対消滅で膨大な生体エネルギーが生まれ、災厄となって現世に降臨することになるだろう。
そんな計画が進行する中、俺たちと玉藻が出会ったのは不幸か幸運か?!
「こいつは危険すぎる!! 俺がこの場で消し去る!! 彩夏と七星は輝夜を守ってくれ!! グラビティ・ブースト!! アクセル・ブースト!!」
俺は三辰の真ん中月辰を持って槍のようにクルクルと回す。三辰が加重加速を受け音速を超えた。さらに、俺自身も化加重加速で玉藻に肉薄する。
高速回転する三辰の中心から端にある星辰に持ち替え、音速のままあらゆる物を破壊するポテンシャルを秘めた天辰を玉藻の頭上に打ち下ろそうとして、突然浮かんだ違和感……、髪が逆立ったのだ、あの下敷きを擦って髪に近づけた時のように……?
俺はアンチグラビティブースト・アンチアクセルブーストで天辰に急ブレーキを掛けた。
減速した天辰が玉藻に当たろうとした瞬間、軽い抵抗を感じたかと思うと凄まじい反発があり、打ち返された三辰とともに、俺はクジラや玉藻が現われた海へと弾き飛ばされ、海水面を百メートル以上滑走しながら転がっていた。
水の抵抗が無ければ、さらに数百メートル以上吹っ飛んでいただろう。人型も擦り切れて破壊されたけど、無傷で海面の上に生還していた。
玉藻の方を見ると、柊は「ミーティア・ガントレッド」で二十六夜月を玉藻に向かって打ち出したが、やはり、はじき返され、危うく柊自身にぶつかりそうになっていた。辛うじて躱した二十六夜月は光が反射する波間から光芒一閃が打ち出され、海に叩き落とすことに成功している。
ってことは、最初から柊を狙って弾き返されることを予想して七星が準備していたわけだ。
自分の感覚、そして柊たちの様子から、何か物理的な障壁にぶつかって弾かれたのではなく、反発によって弾かれに違いない。近い現象だと、彩夏の扇が得物を避けてヒラヒラと舞う「妖舞桜嵐」があるが、あれは相手から受ける万有引力を察知して逆ベクトルが発生する仕組みで、弾くのではなく躱すのがせいぜいだ。
髪が逆立つ現象、ゆっくり打ち込んだ三辰が凄まじい加速度で打ち出された現象は、衝突によるエネルギー保存の法則に矛盾する。三辰は新たなエネルギーを与えられ打ち出されたのだ。
これは……、俺は一つの結論に達した。
玉藻の術式は電磁気力に近い。この次元では分からないが、修羅道ではたたら神の加護が在ったので、別次元も俺達が住んでいた三次元に近い物理法則が働いていると思われる。
そして、現世の世界では、物質の相互に働いている力はたった四つしかない。
最もなじみ深い力は俺達の加護である重力だ。すべての素粒子に引力(万有引力)として働き、遮られることなく無限遠まで働くため、マクロの世界を支配している。
次になじみ深い力は電磁気力だ。電磁気力は電気力と磁気力の2つの力として私たちの身近にあり、日常経験する重力以外のすべての力は電磁気力だ。
後は、とても短い距離の間でのみ働く電磁気力よりもはるかに弱く、弱い力と名付けられ、原子核のベータ崩壊、中性子、パイ中間子などの粒子の崩壊の原因となる(粒子の種類を変えることのできる)弱い力と名付けられた力と、電磁気力の 100 倍程の大きさを持つ最も強い力で、陽子同士の間に働く電気的な斥力に打ち勝ち、中性子とともに原子核を作る強い力と名付けられた力だ。
その中で一番弱い力が重力なのだ。
地球の重力でさえ、冷蔵庫に引っ付いたちっさい磁石を引きはがすことができないほど小さい力だ。
玉藻が電磁気力を操る呪術だとしたら、重力の斥力や引力は、電磁気力の前には無力だ。先ほど起こった出来事は、俺たちの突撃は斥力で止められ、電磁気力で加速されたレールガンの弾として打ち出されたのが先ほどのカラクリだろう。
お手上げだろう……。電磁気力を無効化するなんて? それでも、輝夜を玉藻の依り代にするわけにはいかない。地面から数センチ浮いている玉藻が輝夜のほうにスーッと近づいているのを見て、俺は輝夜の前に飛んで行った。
「大丈夫!! 俺が守るから!!」
「でも、あの人強いよ」
「ああっ、あの力の源は電磁気力なんだ。俺たちの重力の何百倍も強力だ。呪式だから、物理学そのままの差じゃないかも知れないけど……」
俺は背後に立つ輝夜と小声で話すが、安心させるような言葉が出てこない。
「電磁気力って光子(フォトン)が力の媒体になってたよね。七星さんの光芒や陸さんの影戯なら何とかできない?」
そう言えば物理で習った。重力は物質の周りを覆う重力子の相互作用によって重力が発生し、電磁気力は電子の周りを覆うフォトンが電子間で相互作用によって電磁気力が発生する。
さすがにまだ教科書の内容を覚えている。数か月前まで学受験生だったんだ。現代知識を陰陽術が凌駕している。というか陰陽術の原理に現代物理学が追い付きつつある。
陰陽術は高次元と繋がる術によって、現代物理学では仮説である高次元に存在する素粒子を実在することを知り、利用することで呪術を構築してきた。
例えば、量子論で生命に何らかの関係があると仮説付けられた幽子(仮称)は、陰陽道では生命誕生時に反幽子と対消滅によって生命エネルギーが発生し、その生命エネルギーが尽きると死を迎えるという生と死を解明し、対消滅を逃れた体内に残る幽子に別次元から召喚した反幽子をぶつけることで対消滅を起こし、強大な生体エネルギーによって肉体を鬼人化させ、そのエネルギーを写し身の呪符に封印して思いどおりに使役する禁忌の死霊術を編み出している。
陰陽道にとっては光子(フォトン)も重力子(グラビトン)の存在は既知のもので、その働きも仮説ではなく事実と知っている。
光の性質と電磁場の性質は同じだと仮説ではなく事実だ。電磁場と考えるんじゃなく光子と考えるんだ。輝夜の言葉にヒントがあったじゃないか……。
光子は障害物に遮らせる。遮られた部分が影になる。影には光子は存在できない。電子に纏わりつく光子を影によって無理やり剝がしたら? 光子の相互作用ができずに電磁気力が弱まる可能性がある。
玉藻の周りを固める鉄壁の防御を誇る電磁場にほころびが生じる可能性が……。
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