第49話 だけど、飛び散る体液を浴び、

 だけど、飛び 散る体液を浴び、服が溶け、皮膚が紫色に爛れる。毒の種類は溶血毒、壊死毒、神経毒などどれも強力で、身代わり形代は次から次へと毒々しい紫色に染まって溶け落ちていく。


 このままでは形代や服が色々と持ちそうにない。俺たちは海から飛び出してくる前に魔物を倒すことに戦法を変えた。


 七星は水中で光る魔物の鱗から光芒を出現させて魔物を切り裂き、陸は影戯を水中の魔物の影から影戯を出現させて魔物の突き刺し、彩夏の陽炎は水中を舞い魔物の急所を抉り、柊の氷華を打ち出し、そして引き寄せロケットパンチよろしく魔物を穿っている。


 俺の三辰に飛び道具を持たないので、輝夜の周りに結界を張り、毒から守りつつ、四人が討ち漏らして浜にあがった魔物に陰陽道の呪符で火の玉を飛ばして魔物を屠っていた。


 そんな状態が三時間も続いただろうか、本能だけで陸を目指していた魔物たちが、なにかを恐れるようにモーゼが海を割ったように左右に分かれ、地平線までの道が出来た。


 その道の先に小山のようなものがこちらに向かって来る。その小山のようなモノは禍々しいオーラを纏った全長五〇メートルはあるシロナガスクジラ?だった。そのシロナガスクジラは一五メートル以上顎を開き、鯨ひげで魔物も亡骸も次から次へとと飲み込んでいく。魔物を追い込むのに尾ひれや胸ひれで海面を叩き、複雑な挙動で追い詰められた魔物は抵抗虚しくその髭に絡み取られて捕食されていく。


 そして、浜まで約五〇メートルぐらいの場所に留まると、いきなり潮を吹いたのだ。天まで吹き上げられた潮はそのまま天を覆う靄(もや)になった。


「これは瘴気?!」


 まずい!!視界を遮るほどの瘴気にこの空間が満たされるのは数刻の猶予か? それぐらいの凄い量だ。どうする?と俺が考えを巡らす前に行動に出るのが彩夏と七星だ。


「「グラビティブースト!! アクセルブースト!!」


 まるで巨大な潜水艦のような巨体に彩夏と七星は躍りかかった。


「紅炎漸!!」「光芒漆閃!!」


 彩夏の双刀が太陽にプロミネンスのように燃える柱のシルエットに変化する。七星が持つ光芒も七色に光る七本の刃が柄から伸びている。どちら刃渡り五メートルはありそうだが、あの巨体に通用するのか心許ないが、あの落下速度なら鯨の背中にクレーターができても不思議じゃない速度だ。


 その成り行きを見守っていたが、クジラ?にぶつかる寸前、二人は何かに弾かれたように吹っ飛んだ。しかも、衝突速度と等速で弾き飛ばされている?!

 

 あのまま、飛ばされれば地球の引力を振り切って、人工衛星のように地球の軌道を周回することになるっというのは冗談で、落下する隕石にしろ人工衛星が地球から脱出する速度は秒速11.2キロメートルである。さすがに、そこまで加速するするには五〇メートルじゃあ無理だ。


 それでも、彩夏も七星も動きがおかしい。減速すればいいだけなのに、それが出来ないで藻掻いているように見える。その様子を見て柊と陸が体を張って二人を止めた。


 彩夏と柊、七星と陸、ペアーで頑張って止めてほしい。俺のペアーは輝夜なので、輝夜のそばを離れられないのだ。


 だって、クジラの背中に新たな人影が現われている。もしかして二人を弾き飛ばしたのはこいつか?


 新たに現われた敵に警戒する。そのシルエットは中国が唐と言われた時代の後宮の妃が着飾っていた襦(ブラウス)に裳(スカート)を履き、半袖の衣を重ね着、比礼を掛けた衣装に、結い上げた髪には豪華な簪が留めてある。


「酷い目にあったね!!」


「弾き返されるってあり得る? しかもグラビティベクトルコントロールが出来ないなんて!!」


 やっとのことで戻ってきた七星と彩夏がそれぞれ悔しまぎれに悪態をついている。


「七星を受け止めてびっくりや! とてもこの世のものとは思えん衝撃やった」

「うちの体重が重いっていいたいんか!! 弾かれた瞬間少しでも被害が無いようにうちは体重をゼロにしてたんや!!」


 確かに質量をゼロにするころで、衝突エネルギーが限りなくゼロになるし、軽いということは空気抵抗が大きくなり減速しているはずなのに衝撃があったというのはおかしな話だ。


「体重じゃなくて衝撃な!! 電気が走ったような!!」

「そうそう、静電気で弾かれたような痛さがあった」


 七星の剣幕に慌てて言い訳をする陸。そんな陸に同意する柊。後で彩夏のツッコミが怖いからだろうけど……。それにしても、さっき彩夏はグラビティベクトルコントロールが出来なかったと云ったが、七星は体重をゼロにすることは出来た。グラビティカットは出来ても、打ち出された加速を打ち消せない?!


 重力より強い力……。喉まで出かかっているのに言葉がでない。それはクジラの背中で女が浮き上がり音もなくこちらの浜に向かって滑るように飛んできたからだ。


 そして、俺たちの前五メートルほどのところに留まると自己紹介を始めたのだ。


「お出迎えご苦労さんどす。あてが玉藻えどすえ~。以後お見知りおきを」


「「「玉藻だって?!」」」


 何人かの声が重なった。玉藻と言われて思いつくのが、鳥羽上皇の妃で残虐な酒池肉林を極めた九尾の狐だ。

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