第47話 伝承は……、事実で在った……

「伝承は……、事実で在った……」

 宮司の背後で、行商人の弱々しい声が聞こえた。


「伝承だと……、この女の人は誰なんだ?」

「ハヤサスラヒメ……、そのお方を頼む……」

「ハヤサスラヒメ? おいそれは……」


 どういうことだと言う前に、宮司は何が起こったか分からない混乱の糸口に手を伸ばしたが……。行商人は空間を裂く怪しげな術の発動との引き換えに命を削ったようで、すでにこと切れていた。


 宮司は途方に暮れた。古くには存在したと言われる神の御力である人知を超えた呪術。神事を司る宮司と云えど、形骸化した知識としてあるのみだ。


 そんな絵空事が目の前で起こったのだ。この神社の主神、浦島子の再来、奇しくも大祓大神の一柱であるハヤサスラヒメと名乗る女の人が次元を超えて現われた。


 伊根の町を巻き込んで大騒ぎするべきかもしれない。知識が在ったからこそ宮司は警戒したのかもしれない。結局、宮司は秘密裡に行商人を埋葬し、ハヤサスラヒメという名の美女を保護した。


 その後、意識を取り戻したハヤサスラヒメから九百年前の出来事を聞き、また、彼女の話が真実だと裏付ける古文書が枯れ井戸から発見された。


 ここに至って、宮司は自分判断の正しさに安堵した。下手に騒げば秘密結社八咫烏に嗅ぎ付けられいたかも知れない。


 しかも、ハヤサスラヒメは空中に突然現われた腕を捕まえるに一生懸命で、瘴気祓いの「比礼」を次元の狭間に落として来たという。しかし、龍穴にあった次元の裂け目は男が死んだ時に塞がっているのでどうしようもない。


 「比礼」を置いてきたことで落ち込むハヤサスラヒメを慰め、罪滅ぼしの意味でハヤサスラヒメの面倒を見ていた。ハヤサスラヒメも次元の狭間に落ちてから九〇〇年以上経っており、頼る人もおらず、色々とあってハヤサスラヒメと宮司は夫婦(みょうと)になった。


 ハヤサスラヒメは次元の狭間で、九〇〇年間、現世に溢れ出ようとする瘴気を祓い続けていたらしい。その所以で、陰陽道の最大の呪法である反幽術が大規模に使えず、現世での陰陽師の影響力が弱まり、八咫烏は秘密結社として地下に潜り、天皇は台頭する武士たちに対抗するだけの武力を失っていた。


 そうは言っても、格式と権威は八咫烏の隠密と暗躍によって維持されていた。実質支配する武士の上に形だけの天皇が支配する統治方法が確率され、アンタッチャブルとなった天皇制が九〇〇年続いていた。


 しかし、ハヤサスラヒメが現世によみがえり、比礼は次元の狭間に失われたため、再び他次元から湧き出しだした瘴気により、力を取り戻した八咫烏陰陽道は江戸末期の要人を次から次へと暗殺、その躯を死霊術で操り自作自演の江戸幕府崩壊を演出して、天皇中心の中央集権を樹立した。


 その後は歴史の示す通り、戦争に破れ世界征服に失敗し、天皇は現人神から人間となり日本国の象徴となった。ハヤサスラヒメの時空の狭間からの救出がもう少し早ければ、この戦争の結果は逆になっていたかも知れない。

 この地に湧き出る瘴気はまだまだ八咫烏には不足していたのだった。


 その後、今まで八咫烏に動きがほとんどなかった。しかし、戦後七〇年が立ち、再び世界を征服しようとするのか? ここ最近は活発になっているようだが、それは君たちが再び生まれ変わったことにも関係しているかもしれない。


 君たちがこの宇良神社に関わったために、八咫烏もそれを阻止しようと活発になっているかも知れん。


 気が付いたかもしれんが、輝夜は八咫烏が歴史上から抹消した裏天皇の子孫であるハヤサスラヒメの玄孫(やしゃご=ひ孫の子ども)ということになるんじゃ……。


「で、その輝夜ちゃんはその事実を知ってたの? ハヤサスラヒメの神具「比礼」を使えるの?」


 宮司の話が終わって、間髪を入れずに彩夏が口を開いた。


 まあ、輝夜の素性を知って、その力は誰もが知りたいことである。もし、瘴気が祓えるなら八咫烏との戦いが断然有利になる。


 だからこそ、比礼の争奪戦は壮絶なものになりそうだ。


「いや、八咫烏がこの宇良神社に組織に加入するように言ってきたのは歴代でも初めてだ。もっとも、ハヤサスラヒメがこの現世に蘇ったのは明治以降二〇〇年足らずの間のことだからな。それ以前は忘れさられた神社だからな、やつらの情報網でもノーマークじゃないかのう?


 もっとも、この騒ぎで目を付けられたのは間違いないだろうがな。それと、輝夜が比礼を使えるかという質問だが、どちらとも云えん。


 輝夜はスセリヒメやホスセリを先祖に持つ裏天皇の子孫であり、禊払いの加護を持った一族であり、九〇〇年の間、次元の狭間で年も取らず一人で禊払いをやり続けた精神力と他の血が混じることもなく純血を貫いたハヤサスラヒメから初めての女性血族じゃから素質は十分かも知れん」


「そやな、わいらがたたら神の加護を持って生まれたんは、温羅一族というだけやなく、一三〇〇年間、修羅道で過ごしたことで相伝したんかもな」

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