第46話 だけど、話はここで終わらないじゃ

「だけど、話はここで終わらないじゃ。ハヤサスラヒメが龍穴から帰ってきたんじゃ!!」

 それは、江戸時代末期、禁軍との戦いで逃げ延びた温羅一族が、日本各地を転々としたのち、丹後の帰って来たところから話が始まる。


 禁軍による徹底的な破壊の蹂躙を知る者も居なくたった江戸末期、黒船来航の頃、宇良神社は表天皇によって、歴史を捻じ曲げられ再建された。


 宇良神社に行商人が訪ねてきたんじゃ。その行商人、腕の良い刃物研ぎの職人で、しばらくこの近所の農具の修理なんかをして滞在していたようだ。


 その行商人は信心深いようで、宇良神社に毎日参拝に来て宮司ともよく世間話をしていたようだ。半年ほど経って、すっかり打ち解けた宮司は行商人に龍穴とそこにある不思議な金属について話をしたのだ。


「見たい」という男を連れて龍穴に入り、祭壇に載っている三辰を男に見せた。


 男は三辰を色々と調べていた様だが、この男も三辰を持ち上げることは出来なかった。


 男は自分たちに伝わる口伝を宮司に話した。その内容は雇われ宮司には聞いたこともないこの宇良神社で九〇〇年前に起こった禁軍による略奪と破壊の限りだった。


 男は身に着けている袋から三辰とよく似た物を取り出した。見た目は竹で出来たおもちゃのヘビに似ている。鋳物でできた八つの節が繋がれた棍で、男はその物を器用に三辰と同じように正三角形の形にすると三辰とは逆さ三角にして重ねて祭壇に置いた。


 三角形と三角形を一八〇度回転させて重ねると六芒星になる。三角形とは陣であり、正三角形は陽の陣、逆三角形は陰の陣となる。そして、陰陽の陣が重なり融合することで陰陽の陣になる。


 この六芒星はユダヤ王ソロモンの魔法陣と同じで悪魔を召喚したらしいが、陰陽師たちも六道など他の次元と現世と繋ぐの使うのだが、その境界にはろ過紙のような膜が存在し、反幽子のような素粒子しか召喚できない。


 ソロモンのように悪魔を召喚できるくらい次元の境界に亀裂を入れるには、ソロモンの指輪など魔道具が必要になる。そこで登場するのが温羅鋼とたたら神の加護の重力を自由に操作する反重力場である。


 ブラックホールが他の次元に繋がるワープホールだという説があるが、その仮説を証明出来るのが温羅鋼の業物なのだ。もっとも、科学者は聞く耳を持たないだろうけど……。


 男は唐突に懐から呪符を取りだして加重の印を組んだ、宮司は狼狽えた。周りの空気が明かに変わったのだ。息苦しい閉じられた空間。これは文献に在った結界というものだろうか? 人知を超えた怪しげな術で前の前の空間が歪みだしている。頭がズキズキして気分が悪い。


 キーーーーーーーン!!!!!!


 気圧が変わったために、不気味な耳鳴りがして、空間に僅かに亀裂が入った。腕一本が入るぐらいの大きさか?


「亀裂が小さい。偽りの豊雲では加重力が足らないのか?!」

 男が何か云ったがよく聞こえない。


「何か言ったか?!」

 宮司が男に声を掛けると、男は信じられないことを云う。


「その亀裂に腕を突っ込め!! 」

「ーーーーーー?」

「早くしろ!! この馬鹿!!」


 男の額には汗が浮かび必死の形相だ。喉から絞り出すような鬼気迫る声で戸惑う宮司を怒鳴りつけたのだ。その剣幕に思わず宮司はその亀裂に腕を突っ込んだ。


「くっ?!」


 突っ込んだ腕にしがみ付いてくる物がある。宮司は慌ててふり払おうとするが、掴んだものはグイグイと宮司の腕を引き込もうと必死なのだ。


 宮司は生きた心地がしなかった。思わず口から「祓え給え! 清めた給え!」と祝詞が出た。そのせいかどうか? 腕を引っ張る力が弱まったように感じた。いや、逆に押し上げられたようだ。


 宮司は必死で腕を引っこ抜いた。そして、自分の腕を握っているのは色白で血管が浮き出ている弱々しい女性の手に思われた。


「その手を離すな!! 引き上げるんだ!! 俺も最後の力を振り絞る!!」


 男は血を吐きながら、六芒星の上の呪符を重ねる。六芒星が輝きを増し、空間の歪みが広がっていく。


宮司は空間の裂け目の質感が柔らかくなっている気がした。


 宮司は自分の腕に必死にしがみ付いている腕を両手で掴むと力いっぱい引っ張り上げた。

 そして、裂け目から人も頭が見えたのだ。そこから宮司は必死だった。行商人はさらに呪符を重ねた。


 裂け目の拘束が弱くなり、宮司はついに女を裂け目から引っ張り出した。巫女服の女は弱々しく息も絶え絶えに地面に横たわっていた。


 この世の物とは思えない整った姿形。後光を纏っているような高貴な佇まい。引っ張り出した宮司はその場で正座したまま固まって、身じろぎ一つできない。

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