第45話 確かに魁の周りを漂う形代は
確かに魁の周りを漂う形代は、たった数刻の間に半数以上が落ちている。体がたたら神の加護について行っていないのだ。
真備の発言に魁は悔しく思う。せめて後二〇歳若ければ……。魁は達人だからこそわかる力量差を感じていた。
(真備には勝てん……。ならば、温羅の仲間を逃がすことが最優先じゃな)
この決心は自分を盾に時間を稼ぐ覚悟だ。
「豊雲の加護!! 強化!! 累 弱体化!!」
振り回す豊雲から水蒸気が立ち昇り、辺りが霧に包まれる。
この状態で温羅の生き残りたちは魁がやろうとしていることを悟ったのだ。
豊雲とは記紀では神世七代の神とされ天地開闢の神の名である。混沌の時代に雲だから天と地に世界を分けた神だとか、豊かな雲は恵の雨の象徴であり、豊な大地を化生したとか言われているが、豊雲とは大地から煙がたなびく様子を表していたりするのだ。
仁徳天皇の「高き屋にのぼりてみれば煙立つ。民のかまどはにぎわいにけり」の炊煙の和歌にも見られるように豊かな国力を表している。そして、炊煙以外にも出雲という地名はたたら製鉄で栄え、幾筋も高炉から煙が立ち昇っている様子から付けられたという説もある。
だから、豊雲の加護とはまさにたたら神の加護。たたら製鉄は強力な火力が必要で、高炉から煙が立ち昇る。豊かな煙がたなびくのは製鉄技術が豊穣な証拠。
豊雲から湧き出る煙に飲み込まれた宇良神社は霧に包まれた。そして、この霧に触れた温羅鋼の武具は味方が持てば、その加護を増し、加重加速は鋭さを増し、敵が鹵獲した温羅鋼の武具は重くなり動きは鈍く切れ味は悪くなる。
今風のゲームならバブとデバブのスキルに当たるものだ。
魁は温羅一族の生き残りに目配せをする。その意味に頷くと温羅一族は先ほど破られた城門へと殺到する。
加護をもたない温羅一族といえど、加護持ちとほぼ同等の加速加重の太刀筋で突破を試みれば、温羅鋼を持たない禁軍ではその勢いを止めることは難しかった。
それを見て、宇良神社に立てこもった者たちが一目散に逃げ出した。その中で手厳しい反撃を受けたのが侍女や巫女たちであった。禁軍の狙いはハヤサスラヒメである。ヒメの捕縛は最大の褒美が約束されている。彼女たちの護衛も奮戦したが、多勢に無勢で討ち取られ皆殺しだ。
それらを見捨てて生き残れが頭目最後の命令だ。それらを忠実に守り落ち伸びた温羅一族が十数人。
本当に逃れたのかどこに落ち伸びたのかも古文書には書かれていない。ただ彼らは出身地や身分を偽り各地を転々とし、江戸末期にはこの辺りにも何人か戻って来てくれたんだ。
君たちの両親も彼らの子孫何だろう。
しかし、温羅一族という最大戦力に見捨てられた侍女たちは悲惨だった。戦利品として辱められ蹂躙されるのならと自害して果てた。
そういう気配を感じながら、魁は真備を相手に一歩も動けないでいた。自分の技を信じて豊雲を真備に打ち込む。二人の攻防は侍女の目では捕らえ切れない。侍女の最後の遺文は二人の動きが止まって何が起こったか理解できた時には、不動明王が持つ迦楼羅剣のように燃え滾る剣が魁の胸に突き刺さっていたと書かれている。
この古文書を管理していた侍女も魁が蹴り飛ばされ地面に転がされた後、瘴気に包まれた肉体が虫歯ばれていくのに絶望し、後の世で誰かが発見してくれるの祈って、枯れ井戸に古文書を投げ入れ、他の侍女と同様に頸動脈を短刀で突き刺し自害したようだ。
「爺ぃが負けたのか?」
「そんな?! 爺ぃは死んだの?」
俺の周りから信じられないとの思いが口から漏れ出たようだ。俺たちが束になっても敵わなかったあの頭目が負けた。しかも、吉備真備に……。
そうなると、ヤバい考えが浮かんだ。陰陽術の死霊術で式鬼神として復活した魁と対決することになる。魁のたたら神の加護は「豊雲」から湧き出る雲(霧)でエリアを包み、味方のたたら神の加護を強化する。そして、敵のたたら神の加護を弱体化させる。温羅一族からしたら絶対に敵に回したくないタイプだ。それに間者だった青龍だっている。豊雲の加護が付加された青龍に勝てるのか……?
今世ではまだ見ぬ敵(魁)を想い、緊張が走る。前世の強さに、京都府立病院で蘇った野良キョンシー以上の強靭さが上乗せされるわけだから……。
「頭目はどんな風にまけたんやろ?」
「さっき云った通りで、古文書では詳しく書かれてないな」
七星の疑問に神主が答えたが聞いても要領を得ない。迦楼羅剣って云ったけ? 柄の部分が三鈷杵で梵字が彫られている陰陽師が好んで使うメジャーなアイテムだったと思う。
剣に陰陽五行の火元素を付与したんだろうけど……。まあ真備と魁、二人の攻防だと女の目で取らえれらないのはしかたない。何が起こったか分からないのが当然だろう。
吉備真備の剣も温羅鋼を鍛えた業物ではあるけれど、俺たちのように特殊機能がある専用武具ではない。どうやって豊雲のデバブを討ち破ったのか? その辺に真備攻略のヒントが在りそうだが……。
頭脳労働は昔から苦手な彩夏、柊、七星、陸は充てにならないと、俺は思考の渦に沈んでいた。
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