第44話 数刻後、ハヤサスラヒメに追いつき

 数刻後、ハヤサスラヒメに追いつき、ハヤサスラヒメから老人の名前は魁(かい)といい、温羅一族の頭目であることを聞かされたのだ。


(あの爺ぃ、吉備真備に裏切られた日の一か月前から湯治に行くって、有馬に行っていたのか?有馬温泉は日本三古泉と言われており、当時も湯が湧き出ていたが……。

 それよりも問題は一年でたたら神の加護を習得した青だ。戦闘スタイルが俺と同じ三節棍がだったが、まさか、三辰を使えたなんて……。温羅の天才と言われた青が八咫烏一二天将の青龍だったなんて……)


 ハヤサスラヒメたちの一行と湯治に来ていた頭目の魁が出会ったのは奇跡だ。そして、魁が三辰の一撃を受け、背中側のあばら数本と内臓を損傷しながらも丹後の伊根、この宇良神社まで戻って来ることができた。


 魁の指示でここに城を築き、温羅と同盟を結ぶ一族五〇〇人が亀のように守りを固めた。この中には、真備の陰謀を辛うじて逃げおおせた温羅一族も集っている。


 瘴気祓いができるハヤサスラヒメを、陰陽師たち、いや、ただの陰陽師たちではなく、ソロモンの魔道を引く継いだ吉備真備を筆頭とする秘密結社、八咫烏陰陽道が放って置くはずがない。


 秘密結社陰陽道はほとんどの政敵を始末し、表天皇の地位は安泰となり、あとは瘴気を祓うハヤサスラヒメの血筋を絶やすことで、陰陽師は瘴気を手に入れ式鬼神の軍隊を手にいれ覇道を進むことができる。


 吉備真備は秘密裡に軍を動かし、宇良神社を三千の兵で包囲した。ご丁寧に錦の菊花紋を先頭に皇室の禁軍として宇良神社を攻めてきた。


 今回は瘴気祓いのハヤサスラヒメがいるため、死霊術の式鬼神や鬼獣を使わない。その代わり数にものを言わせた一日二四時間の力押しと兵糧攻めにより、城にこもる兵の精神と体力を奪い続けた。


 ご丁寧に、陰陽術五行の水術により地下水脈をせき止め、枯れ井戸にすることも忘れない。


 そのため、ハヤサスラヒメ軍は飢えや疲労で動けなくなる前に、討って出ることが軍議で決まる。ただし、ハヤサスラヒメに年恰好が近い侍女が乗る駕籠をおとりにして、囲いを正面突破。本物のハヤサスラヒメには魁や側近が付き添い龍穴の中に身を隠し、包囲網が解かれてから城を脱出するというものだった。


 しかし、計画は上手くいかない。ハヤサスラヒメの影武者が乗る神輿の強行突破を阻止すべく、吉備真備は鬼獣をけしかけた。


 ハヤサスラヒメの出方を窺うだけの戦術だったが、結果は影武者側にとっては最悪だった。


 駕籠を守る護衛兵ごと獰猛な鬼獣の牙と爪が襲い、抵抗らしい抵抗もできずに護衛兵は蹂躙され、壊された駕籠からは侍女が引きづり出されて、ハヤサスラヒメでないことがわかると鬼獣の腹の中に収まった。


「城の中をさがせ!!」


 城の中に兵が怒涛のように押し寄せてきた。死兵となって突撃を食い止めようとするが、数十の槍に串刺しにされそのまま押し切られてしまう。


 その中から一人が、この現状を伝えようと伝令に龍穴に走った。


 その報告を聞いて魁は終わったと覚悟を決めた……。しかし、ここは浦島子が蓬莱から帰ってきた場所じゃなかったか? ここが次元と行き来できる狭間(はざま)だとしたら……。


 魁はすぐに祭壇のように一団上がった岩の上に三辰と自らの八節棍、豊雲を累ね、六芒星を造る。


「結界印!! 次元転移!! 加重・加速!! 累(かさね)!!」

 魁は陰陽道の印を組み、この空間に特殊な結界を張る。そして、その結界を六芒星の陣を描いた三振と豊雲に加重を重ね掛け、重力による結界の歪み(メルトダウン)を起こす。やがて、結界が破れると空間自身も歪み亀裂が走っている。


「ごめん!」


 魁はいきなりハヤサスラヒメをその亀裂の中に押し込んだ。そして、自ら豊雲を抜き取って六芒星の陣を破壊し、龍穴の外にでた。


 外では軍団が龍穴の近くまで来ていた。魁の目に入った数十匹の鬼獣。その後ろには地面を覆いつくす数の兵が門から突入してきた。


「ちっ!」


 魁は舌打ちをした。比礼があれば……。魁は身代わり「形代」を身の周りに展開し、豊雲を頭上で振り回しながら禁軍の中に踊り込んで行った。


 魁を認めた鬼獣が襲い掛かってくる。魁は豊雲を八節棍に展開し、最大限のリーチを活かしてブンブンと振り回すだけだ。雑なように見えた攻撃は加重加速された豊雲はソニックブームを巻き起こし、衝撃波で半径三メートル内の人も鬼獣も原型をとどめていない。


 また、雪崩こんできた兵士たちも轟音に怯え足が止まった。


 そんな兵士の間から割って出てきたのは陣羽織を着た吉備真備だった。真備は喜々として云ったのだ。


「温羅の頭目のお出ましか? 温羅最強の戦鬼と呼ばれた魁をこの手で殺せるとは名実伴にわしが最強じゃな。こんな老いぼれ相手に本気を出すまでもないがの~」

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