第43話 瓦礫の山が地面から湧き上がる黒い瘴気に

 瓦礫の山が地面から湧き上がる黒い瘴気に覆われていく。すると、ゆらゆらと動く影が立ち上がってくるのだ。温羅一族の屍は陰陽師の付与した式鬼符に変えられていた。懐かし面影を残す影が瘴気を纏い式鬼神へと変わっていく。


 温羅の里を監視していた陰陽師が、来訪者に気が付き六道の奈落から瘴気を召喚したのだ。


 瘴気に含まれる反幽子と死んだ肉体に残る幽子が対消滅を起こし、幽子の質量はすべて膨大な生体エネルギーに転嫁される。生体エネルギーを得た肉体はその姿を悍ましい鬼の姿に変貌させる。陰陽師たちはこれを肉体の進化と称している。


 式鬼神の持つ人外の腕力と牙爪がハヤサスラヒメたちに襲い掛かり、その柔肌は蹂躙されると思われたが……。ハヤサスラヒメは比礼を纏うと大祓いの祝詞を歌うように唱え舞いを舞った。


 巫女装束の小袖に絡まる比礼が揺れるたびに光の粒子が湧き出し、舞い踊るハヤサスラヒメの周りを光の粒子が飛び交い、光の柱が立ち昇り、ハヤサスラヒメを中心に広がっていく。


 光の柱に飲み込まれた式鬼神の肉体のように見えたエネルギーの塊は黒い靄のように霧散して光とともに浄化されていく。そしてそのエネルギーの中心にあった人型の式鬼符は美しい炎に焼かれながら天へと昇っていった。


 これが穢れという瘴気を祓う真の禊祓い。圧倒的な力の奔流は、今各神社で行わているお祓いが如何に形骸化しているかを物語っている。


 そんな裏天皇と呼ばれたハヤサスラヒメでも、大化の改新の痛手は大きかった。なにせ、大祓四神のうち三神までが戦死しているのだ。


 そう神に近い存在といえる祓戸大神もその身は人間である。当時の陰陽師が使う式鬼神や死霊術それに温羅鋼による武具は戦略級だが、通常兵器だが弓矢や剣を持ち隊列を組んだ軍隊もいる。


 表天皇が率いる軍隊は練度も高く、隊長クラスは先の戦いで上げた武勲により吉備真備が鹵獲した温羅鋼の武具を手にし、豪傑との誉(ほまれ)を得るほどだ。


 ハヤサスラヒメたちが陰陽師のキョンシーを退けた時には、表天皇の軍隊に囲まれていた。ハヤサスラヒメに付く軍勢は約三〇〇。それに対して取り囲んだ敵の軍勢は一〇〇〇は下らない。


 絶対絶命のハヤサスラヒメは島津藩が関ケ原の戦いで退却時に使った鋒矢(ほうし)の陣により包囲網を正面突破、その後も捨て奸(すてがまり)により足止め舞台を退路に配置し、時間稼ぎをしてハヤサスラヒメを丹後に逃す戦法に出た。伴の大部分を失った凄まじさは祓戸大神の退き口と古文書では書かれている。


 足止め部隊は座禅陣の名のとおり、死を覚悟した志願者たちは死兵となって立ちはだかった。文字通り死の物狂いの兵は刃を恐れることなく、体中矢や刀を受けながらそれでも倒れず近づく者に槍を突き立てるのだ。


 追手の兵たちは死兵に近づくのも嫌がるようになっている。すでに勝敗は決しているのだ。勝者にとってここで死んでは褒美も貰えず死に損である。


 そんな兵士を無理やり追い立てながら、武将たちが温羅鋼の武具を振り回して座禅陣の中に飛び込んでくる。温羅鋼の威力は凄まじく、死兵は只の試し切りの案山子になり下がり、真っ二つになり四肢が切り飛ばされ肉片に変わっていく。


 元は人だった肉塊が行く手に敷き詰められ、さすがに歩兵はその中を進むのを躊躇するが。そんな肉塊に足を取られながら馬を進める武将の𠮟責に、いやいやながらて歩兵も付いて行った。

 

 そして、今の兵庫県有馬でついにハヤサスラヒメたちは表天皇の軍団を追いつかれた。


 備前和気の山奥温羅の里から撤退した時は三〇〇人いた取り巻き立ちは三〇人まで減っていた。そして追いすがる敵も歩兵部隊はついてこれず、馬で追いかける騎兵たちのみだった。


 しかし、騎兵たちの大部分は豪傑と呼ばれる武将たち。その武将たちを視界に捉えたハヤサスラヒメの護衛たちは側近中の側近数名を残し、人数的にも最後になる座禅陣を展開する。


 温羅鋼の業物を手にする武将たち相手にどれだけ時間稼ぎができるのか? 希望は絶望に近い……。


 馬に乗る武将たちもすれ違いざま一合で死兵を蹴散すべく、馬に鞭をくれた。


 容赦ない武将たちの前に、いつの間にか老いぼれた老人が立っていた。


 いつどこから来たのか? まったく記憶にないのだが、ぼろ雑巾のように踏みつぶせば問題ない。


先頭を走る武将はそう考えて躊躇なく馬で踏みつぶそうとしたが……。目の前の老人が消えた瞬間に意識を飛ばしていた。


 そして、後ろを走る武将は目の前に人と馬が吹っ飛んでくる映像に驚愕し、思考が止まったところを馬もろとも吹っ飛ばされる。巻き込まれた武将は四人。慌てて手綱を引き馬を止めた武将たちが何事かと前方を注視した。小柄な老人が長さ5尺ぐらいの棍棒を正眼に構えている。


 武将たちの罵倒に怯えることもなく、老人は「手に持つ業物は温羅鋼なのか?」と聞いただけであった。


「応(おう)っ!!」と答えると、「なぜ、お前らが……」とつぶやいた。


 言葉を吐いたとともに上げた顔は憤怒の形相であった。武将たちでさえ背中に冷たいものが走るほどであった。それでも、剣を構え陰陽五行術を刃先に纏わせた。


「風刃!!」「雷刃!!」「炎刃!!」「水刃!!」


 金属性の温羅鋼に他の陰陽道四元素を纏わせた剣が老人に向かって一斉に降り下ろされ、それぞれの属性を纏った斬撃が老人へと向かう。


「加重、加速」


 老人のしゃがれた声が聞こえたと思うと、姿が搔き消えて、打ち出された斬撃は背後の雑木に直撃して雑木林が薙ぎ倒された。


 しかし、木々が倒れる轟音は、武将の死角から隕石が飛来したような衝撃音とほぼ同時だった。


 豪傑と呼ばれた武将や馬は摺り潰されて挽肉状で地面に開いた小さなクレーターの底にへばり付いていた。


 ガッキッツーーーーーーーン!!!!


 金属が打ち合う凄まじい音が響いて、その音を合図に止まっていた時間が流れだしたようだ。


 打ち合ったのは老人の持つ棍棒とひと際立派な武将が持つ三節棍だ。


「あれ、これって誰かの専用武具なのか? 道理で他の武具より強力なわけだ」


 力押しで老人を突き飛ばし、三辰を頭上で旋回させる。そして、遠心力を活かした横なぎを老人に叩き込む。老人は棍棒で棍を受け止めようとしたが、老人の予測を超えて三辰が伸びてくるのだ。


「ばかな!! 斥力と引力の応用だと? 何でお前が加護を使える!!」


「たたら神の加護など、陰陽師の天才、十弐天将の青龍に掛かれば、一年で習得するわ!!俺が戦争孤児として紛れ込んでも誰も疑わないおめでたい奴らのおかげでな!!」


 青龍の言葉が終わらないうちに、棍棒で受けたのは三辰の棍と棍の継ぎ目部分で、先端の棍はそこから回り込むように遠心力と十分な加重と加速の乗った一撃が老人の背中に突き刺さった。


 老人も同じ三辰を受け止めたと同時にカウンターが炸裂した。棍棒下部が青龍に向けて突き出していた。その棍棒は三辰と同じように伸びて行く。三辰の第三節で受け止める瞬間に、棍棒は六節棍に変形し繋ぎ目が現れ、繋ぎ目の分だけ棍棒は長さが伸び、うねる様に青龍の腹に突き刺さる。


 老人の持つ業物は多節棍である。普段は引力で一本の棍棒に見せかけているが、接続部を斥力で反発させると最大八節棍、長さは八尺にもなるのだ。


 十数倍の加重と加速による一撃は二人の意識を一瞬飛ばした。その隙に座禅陣の面々から矢が放たれた。青龍の体に針山のように突き刺さって、青龍は大の字になった昏倒した。


 ハヤサスラヒメの側近は瘴気の鎧も貫く温羅鋼の矢じりを温羅一族から譲り受けていた。

 その様子を見て三人が疼くまって動かない老人を抱えて撤退しようとした。


 その際、老人が握りしめて手放さない多節棍には三辰が絡みついていて、専用武具の三辰もそのまま持ち帰ることができたのだ。これは三辰と多節棍が一体になっていたためとしか説明がつかない。


 そして、これ以上の追手がないことを確認し、初めて撤退戦で生き伸びた座禅陣の面々は全力でハヤサスラヒメたちを追いかけた。

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