第35話 そして、クルマから颯爽と飛び降りたのは
そして、クルマから颯爽と飛び降りたのはミラーサングラスにポニーテール、そしてアニマル柄のジャケットに銀色のハイヒール、まるでやくざの情婦かあねさんと呼ぶに相応しい恰好の女性だった。
「へえ~、こんなところで懐かしい顔に合うなんて? うち、めっちゃテンションアゲアゲなんやけど!!」
こんな常識ハズレの奇怪な場面に出くわしてても、飄々と緊張感のない大阪弁で話すので色々と台無しなんだが……。
そして、緊迫感がないまま、手に持った鞘から刀を抜く動作をした。そう動作だ。鞘をクルマの助手席に投げ込んだけれど、右手に持った柄には刀身が無かったのだ。
「ほなら、炎、水でえ~かな? 援護したるから早く片づけてや!!」
ここに現れた派手な女性は、陣(祟羅陣)、炎(焔羅彩夏)、水(氷羅柊)そしてピンチの陣の元へと空を飛(落ちて)んできた影(影羅陸)と一緒に吉備真備に裏切られて修羅道に落ち、一三〇〇年後修羅道から抜け出し転生した光(こう)だった。
彼女が抜いた柄だけの日本刀こそ、光の専用武具、光の穂先という意味の光芒(こうぼう)なのだ。
女は柄を両手に持つと鋭い突き、そして切り上げから袈裟切り、返す刀で逆袈裟と見えない刃先を切り上げた。
その動きはキレのある達人の動きである。ただ刀身が在ればの話だ。だがその動きに合わせるように、柊や彩夏と拮抗していた触手が切り飛ばされ、仕込まれていた錘(おもり)が二人の足元に落ちた。
「さすが光芒(こうぼう)と言いたいところだけど……」
「光(こう)、久しぶりで腕が落ちたんじゃないか?」
彩夏と柊が言ったとおり、八本の流星槌のすべての錘が切り落とされた訳じゃない。それぞれの式鬼神は危険を感じとったのか、それとも二人の言ったとおり光が振るった武具光芒が仕留めそこなったのか、その答えは光の強がりとそのあとに繰り出された光の必殺技で帳消しされた。
「仕方ないやん。あんたらの武具を媒体にするのは久しぶりなんやから!! わかった!! 遠慮しとったけど、美味しいとこ全部持って行ったる!!」
光が何をしようとしているのか? 柊と彩夏には分かっているようだ。柊と彩夏は天祐に向かって左右両側から加速しながら走り出していた。
なにが起こったかわからない不条理から逃れた触手だけでなく、先端に埋め込まれた錘を切り落とされた触手も錘を除いて瘴気を実体化させることで再生させて、天祐に迫る二人に向かって襲い掛かっていた。
柊と彩夏にとって警戒すべきは自分たちの持つ武具と同じ温羅鋼でできた錘が仕込まれた流星槌のはずなのに、柊も彩夏も投げ縄のようにクルクルと廻る錘のある流星槌には目もくれず、うねうねとミミズのような動きの触手に向かって、二十六夜月や陽炎の斬撃を飛ばしている。
縦横無尽に舞う刃先に触手が切り飛ばされ、または切り上げられ、その姿はバラバラの肉片になり、瘴気が薄れ霧散していく。
しかし、触手はすぐに再生し、再び柊と彩夏に襲い掛かる。そして、先ほどと同じように数片の肉塊になり、また、再生して襲い掛かる。そんな攻防を数度繰り返しただろうか……。
そんな膠着状態こそ天祐が仕掛けた罠だった。
もともと流星槌をあまり警戒していない柊と彩夏に、触手の攻撃の合間に、流星槌はぬるい攻撃しか仕掛けていなかった。
そんな流星槌が一転して、本来の遠心力を活かしたスピードと破壊力を持つ4つ錘が曲線を描きながら、上空から頭に向かって降ってくる。
なのに、彩夏と柊の正面でにゅるにゅると怪しげで卑猥な動きの触手に気を取られているようで、二十六夜月も陽炎も触手の動きを追い流星槌のほうは無警戒だった。
いよいよが錘が、防御態勢も取れていない柊と彩夏の脳天に突き刺さる。
そう思われたとき、光は鍔の部分を親指で持ち上げ、本来刀身がある柄の部分に重ねる。それはガラスのような鍔が二重に重なっていて、そのうちの一枚を角度を付けて持ち上げることで、ちょうどプリズムの形になっている。
「プリズム・スペクトル・スラッシュ!! 光芒肆閃(こうぼうしせん)!!」
光は声を張り上げ、刀身のない鞘を逆袈裟懸けに切り上げる。
その瞬間、両手に填めている二十六夜月の鉤爪の三本のうち一番長い真ん中の鉤爪から青と緑色に輝く刀身が生えていた。そしてその刀身は鉤爪の動きに関係なく、頭上から襲ってきた流星槌の先端に相対し逆袈裟懸けに切り上げた。
その現象は、彩夏の陽炎でも起こっていた。ゆらゆらとゆらめく二つの陽炎の刀身から赤と黄色に輝く刀身が生え、陽炎の動きとはまったく関係なく、流星槌の動きに合わせ逆袈裟懸けに頭上にせまる流星槌の先端を切り上げたのだ。
跳ね上げられた流星槌の先端の錘が切り離されて弧を描いて飛んでいく。
「月の光を集めて鍛え上げた月光刀……。闇が伝家の宝刀を抜かせてしまった……」
「揺らめく炎がお怒りよ!! 飛び出る紅炎刀(プロミネンス)でお仕置きよ!!」
四色に輝く刀身ごと二十六夜月と陽炎を縦横無尽に振り回し、時折、上のような言葉を吐きながら、錘を失った触手を無慈悲に切り刻んでいる。
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