第33話 喜色を浮かべたまま両手を広げて

 喜色を浮かべたまま両手を広げてポーズを取った。少林寺憲法の象形拳の一つ鷹爪拳(ようそうけん)を真似ている。


 薄氷二十六夜月を填めた状態の柊はヒャッハ!!の世紀末戦闘狂を憑依させる(ふり?)ことで一切の恥ずかしさが無くなると噓ぶいているのを言ったとか言わなかったとか……。

 いずれにしても、そこからの柊は水を得た魚だった。


 大型のカラスに囲まれながら、縦横無尽に空を飛び回りカラスに襲い掛かる姿は鷹そのものだ。嘴を武器に急降下してくるカラスを空中を跳ねるように紙一重で躱し、凄まじい速さで二十六夜月が一閃されるとカラスは胴体を頭から真っ二つ、左右の翼が胴体から切り離され巨大カラスは四枚に下ろされる。


 それが柊とすれ違ったカラスの末路であった。どんどん数を減らしていく阿修羅カラス。


「お前が最後の一匹だ!!!!」


 柊の怒号に怯えて逃げ出した阿修羅カラスの背後に、アクセスルブーストで瞬間移動のように落下していき、二十六夜月を振りかぶる。


 必死に逃げる阿修羅カラスに、二十六夜月から放たれた薄氷のような三本の斬撃は弧を描きながら阿修羅カラスを背後から四枚に下ろし、その断面は凍り付いていた。ただ、それも一瞬で、すぐに瘴気が浄化され、カラスの肉体は霧散した。


「荒ぶる邪神よ。我が内に……」


 再び鷹爪拳の決めポーズを決めた柊の頭に彩夏の扇子(刃先は折りたたまれている)が飛んできた。


 バッシッッツ!!!!


「おい、ブタ以下、そういう羞恥心のない奴と一緒にいると、こっちまで恥ずかしいんだけど!」

「ブタ以下ってひどいだろ!?」


「理性を持たない畜生には羞恥心がないのよ。だから羞恥心のない柊はブタ以下ってこと。まったく、こっちの都合も考えてよね」


 しばかれた頭を撫でながら文句を言った柊に、いままでの鬱憤(うっぷん)を晴らすように彩夏の言葉が続いた。


 すなわち、柊が突っ走ってボスガラスに突っ込んで行き、不本意ながら柊の背中を護ることになった彩夏。阿修羅ガラスが鶴翼の翼を閉じるように……、またはアメーバーが獲物を捕食するように覆いかぶさるように彩夏に迫る。


 三六〇度のあらゆる角度から鋭い嘴や鉤爪が迫る。彩夏はゆらゆらと揺れる陽炎の刃は三尺を超え、鋭い嘴や鉤爪を円を描きながら陽炎で切り飛ばしていく。


 その動きはまるで羽衣(はごろも)を纏った天女が舞い踊り天に昇っていくようだった。色気さえ感じる艶のある動きは、計算されたステップとシルエットをなぞり、際限なく突っ込んでくる阿修羅カラズの攻撃でさえ演出の小道具でしかない。


 途中、彩夏の周りを舞っている形代にカラスの狙いが変わって、護るべき広さが変わってもその踊りは変わらない。カクカクと動く柊と違って、無重力のようにふわふわと動きでカラスの頭を飛ばしていく。


 そんな優雅な動きとは裏腹に、彩夏の神経は研ぎ澄まされていた。自分に降りかかる殺意に対しては阿修羅道一三〇〇年の殺し合い経験が体が勝手に反応させる。そこに柊を狙うカラスの殺意がイレギュラーで入り込む。それがいつもの平坦な機械仕掛けの踊りと違ってに演舞に強弱を生み出していた。

 

「まったく、手足が攣(つ)りそう……」


 どのくらい踊り続けただろう。彩夏から思わず口から出た弱音だった。


 そんな時、背後でボスガラスを追っかけていた柊の動きが止まった。そして、ボスガラスの気配が消えた。そして、柊の彩夏をフォローする動きがうれしく感じる。そして、陽炎の熱を相殺するように冷たい空気が揺れたタイミングでカラスどもの気配が消えた。


 その後、いつもの調子に戻った柊のセリフに扇子をハリセンに見立てて柊の頭を叩く。

 小気味いい音とともに軽い八つ当たりを……。だって……。


「まだ終わったわけじゃ無いんだから?!」


 彩夏がまだ全部言い終わらないうちに、二人の足に何かが絡みついたと思ったら、凄まじい勢いで引っ張られて地面に叩きつけられ、その衝撃に肺にあった空気が、血と一緒に吐き出された。


「「かっはっ!!」」


 気を抜いたところに受けた攻撃のダメージは大きかった。衝撃を肩代わりした形代が派手に爆滅したのと同時に傷は消え失せている。ただし、体に受けたい痛みの記憶は消えることはない。


 顔をしかめながら彩夏と柊はフラフラと立ち上がった。

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