第31話 そのショックは手首から脳天に伝わり

 そのショックは手首から脳天に伝わり、柊は顔をしかめてしりもちを着いた。


「やれやれ、こんな雑魚相手にだらしないこと!」


 僅かに高山を倒すのが早かった彩夏が柊を茶化すけど、その顔には安堵が浮かび、内ポケットから形代を取り出すと印を組み念を込めると柊に向かって飛ばした。


 そして、柊に触れると手の部分がはじけて地面に落ちた。同じタイミングで頭を潰された神護の体や周りにぶちまけた脳漿も血も瘴気が薄れて煙のように消滅して、粉々になった人型の式鬼符だけが地面に落ちていた。


「ぐちゃぐちゃでバッチくて、触る気にならなかったけど、やっと、触れるよ!」


 そう言いながら、彩夏は右手を柊の前に突き出した。


「直してもらって助かった」


 差し出された右手を彩夏に直してもらった右手で掴んで立ち上がった。そして左手に填める氷華に引っ付いている氷華を右手に填める。


「ミーティア クラッシュ……」


 柊の専用武具、氷華は柊の意思によりたたら神の加護の恩恵を受けるが、それは柊の手を離れていても加護を発動させることは可能だ。柊は右手の氷華を超加速で打ち出し、これを避けられても、神護が油断したところで左手の氷華と引き合う万有引力を使って最大加速で引き戻して背後から止めを刺す二段構えの作戦だった。


 予定外だったのは、円匙が巻き上げた砂埃で視界を奪われたことだ。しかし、不用意に発した声で神護の位置を知ることが出来たのだ。


「勝ったと思った瞬間、敗北が迫っている。常套句(フラグ)だろ」


神護の不用意な一言で勝ちを拾った柊は安堵とともに言葉を吐いた。


「おい! まだ、じじぃがいるんだけど」


 そのタイミングで彩夏が背中を叩くから、思わずせき込んだ柊は天祐を見た。


 天祐は一切の感情をなくした能面のような表情で式鬼札を取り出し、天に向かってばら撒いた。撒かれたそれは式鬼札というより紙吹雪のようだ。紙吹雪は上昇気流に乗って天高く昇っていく。


「奈落招致!! 鬼獣奇誕!!」


 そして、紙吹雪は瘴気を纏い百を超えるカラスに変化(へんげ)した。変化したカラスは大小はあってもいずれも羽を広げれば二メートルを超え、その巨体に相応しい猛禽類のような嘴とかぎ爪を持ち、獲物を狙うように旋回を始めた。


「式鬼神阿修羅烏(しきがみ あしゅらがらず)!! この数を相手に生き残れるか?!」


 挑発的な天祐の物言いに眉を寄せた彩夏。


「かんぜんに名前負けじゃん。烏合の衆だね。柊も何か言ってやってよ?」


 天祐に向かって啖呵を切った彩夏に対して、柊は額に人差し指を当て斜に構えポーズを決めている。


「額が燃えるように熱い! 封印したチャクラを解放するとき!! 裂空氷結!!」


「なに? その中二病的四文字熟語は? じゃあ、私も妖舞天嵐!!」


 余裕を見せながら旋回するカラスの大群に向かってアンチグラビティベクトルコントロールで一足先に飛び出した柊を追って彩夏も最大加速で飛び込んでいく。


 これに慌てたのはカラスの大群だ。人が飛ぶということを想定していないのだ。何層にも重なり台風の目のように旋回していたカラス軍団が一瞬にして隊列を乱し、色々な方向へ散り散りと飛んで逃げだした。それに追い打ちを掛けた彩夏と柊。その戦いは妖舞とは形容しがたく、どちらかと言えばUFOと旧式プロペラ戦闘機との戦いだった。


 最大限に伸ばした陽炎の刃と飛び道具である氷華の拳圧を搭載した神出鬼没の飛行形態に対してカラスのゆっくりとした旋回や羽ばたきは予備動作という隙を晒した絶好の的になっていた。


 半数近くのカラスが陽炎の刃(やいば)と氷華の拳圧の犠牲になったところで、耳をつんざく鳴き声が響いた。


 カアアアアアッ!!!!


 群れのボスらしいひと際大柄なカラスが一声鳴き声を上げ、巨大な生き物のように統制がとれた体制で反撃の狼煙が上がる。ボスの統制のもと巨大な生物と貸した集団はアメーバーが捕食するように彩夏と柊を鋭利な嘴とかぎ爪で覆いかぶさってくる。


 自分の周りの空間がカラスに覆われ、グラビティブースト アクセルブーストで包囲網から飛び出す方向が潰されていた。


「だからどうした?! 俺を止められるなら止めてみな!!」


 自信満々なセリフに、右手の拳を突き上げるフィニッシュブローのポーズ。


「柊、封印した深淵が覚醒した?」


 彩夏はノリツッコミで返しつもりなのに、柊は彩夏にⅤサインを横にして左目に添える。親指が立っているからフレミングの左手の法則か?


 仕方ないので任せたと言う意味でOKサインを柊に返した。それが合図で柊は最大加速でボスガラスに向かって飛び出した。

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