第29話 そこのオナゴ、謀(たばか)りおって!!
「そこのオナゴ、謀(たばか)りおって!! 高山も意味の無い術名に踊らされるとは所詮出来損ないよ!!」
「あれ、気が付かれちゃった。あの本当の術名は斥力(リパシブルフオース)と引力(アトラクティブフォース)よ」
斥力とは反発する力のことである。一番わかりやすいのは磁石の同極どうしが反発する現象で、彩夏自身や陽炎を槍と同極化し決して触れることば無いようにした。また最後の技は陽炎と高山の頭を異極化し、強力に引き合う引力を発生させたのだ。
相手の重力をコントロールできない中で、彩夏自身が相手と万有引力で引き合ったり反発しあったりするという修練を繰り返し編みだした彩夏のオリジナルである。
(あっさりと見破られた?! あのじじぃ、一筋縄ではいかないかも?)
彩夏はそんな不安を胸の内に隠し、クール系女を演じるのだ。
一方、初撃の円匙(スコップ)の横なぎを躱した柊は、バックステップで躱しながら、彩夏を神護と柊の戦いに巻き込まないように誘導していた。
「ここまで来ればいいか?」
「わしも不慮とはいえ高山を傷つけるわけにいかんのでな」
柊と神護は奇しくも同じ内容の言葉を呟く。カチンときた柊。
「おっさんごときが、俺を止められるのか?! アンチグラビティ ブースト!! アクセル ブースト!!」
柊が氷華に重力を集中させる。彼の氷華は他の温羅鋼の武具と違う能力がある。氷華は日本では鉄貫とか拳鍔と呼ばれる拳に填める武具である。この拳鍔は外側に鋲が打たれているのが一般的だが、氷華にはこの鋲がない。
その鋲の代わりに氷華のすぐ周りの空気がアンチグラビティベクトルシフトの支配下に入るのだ。氷華の周りの空気がベクトル加重加速する訳じゃではなく。氷華が起こすベクトル加重加速に引き寄せられたり反発したりするのだ。
今現在、氷華の周りの空気は一万気圧で圧縮され周りの空気を吸い込む小型ブラックホールのようになる。圧縮された空気は限界点を超え相転移を起こし、気体から液体へと変わる。柊が拳を打ち出すと圧縮された空気は拳圧で圧縮空気弾になって相手を襲う。
液体化してる圧縮空気が打ち出され、氷華の影響から離れると常圧に戻るため徐々に液体から気体へ相転移が起こり始める。そのため圧縮空気が物体にぶつかった途端に爆発するように体積が膨張する。
その瞬間に液体から気体に相転移する気化熱は周りの温度を一気に下げ、ぶつかった物体を凍り付かせる。これが柊の持つメリケンサックが氷華と呼ばれる所以だ。
柊は拳のラッシュはすさまじい。すでに目で追える速さを超えつつある。
しかし、神護は円匙を盾のように使ってすべての圧縮空気弾を受け止めた。しかも、何発喰らっても温羅鋼の円匙は凍り付くだけで破壊されることはない。
「俺は大東亜戦争の時にスコップ一本で機関銃の弾丸の雨の中を戦場を走り抜け、何人もの敵兵を屠ってきたんじゃ。この温羅鋼のスコップは壊れることもない。この程度など、どってことはないわ!!!!」
すべての圧縮弾を円匙で受け止め、神護が柊に向かって突撃してくる。そして円匙を柊の首筋に向かって突き立ててくる。その切っ先を左氷華でブロックして、右氷華でカウンターの正拳をぶち込む。
しかし、その正拳は僅かに頭を動かすだけ(ヘッドスリップ)で氷華の一撃をきれいに躱し、打ち返された円匙を頭目掛けて打ち落としてくる。それも氷華で受け止める。
鍔競り合いのまま至近距離でお互いを睨み合う柊の目はいつものような飄々とした眼差しではなく、狂気が宿り不気味な笑みを称えている。
「左目が疼く……」など冗談を言う中二病ではなく、戦闘狂の瞳だ。それは神護も同様でその目に凶悪な殺意が宿り、視線だけで射殺せそうなほどだ。
意地がぶつかり合う二人にとって、この勝負で引くことは負けると直感した。
大地に根が生えたように足を止めての氷華と円匙の殴り合いになっている。
目にも止まらない攻防に柊の衣服は破け、周りに浮かぶ身代わり形代が何個も破れて地に落ちていく。一方、神護のほうも軍服は裂けあちこちの傷口から血が流れ出し、その傷口にどす黒い瘴気が纏わり付き傷口を直していく。
瘴気に含まれる反幽子は神護の体内に残る幽子と対消滅を起こし、生体エネルギーを得て肉体を再生させている。神護は人を捨て鬼人となっている……。
そんな殴り合いも唐突に終わりを告げた。
息も衝かせぬ攻防と喩えられるが、人間が全力を出すときは息を止めている。
柊も同様に息を止めた状態で殴りあっていたが、生身の柊の体内の酸素は欠乏し、短く息を吸って呼吸を整えたその刹那の無防備な隙を晒した柊に、その隙を待ってましたとばかりに酸素を必要としない神護が、渾身の力で喉元に円匙を突き出した。
間一髪で後方に跳んだ柊に、神護はさらに踏み込み追撃する。傍目には躱しきれずに柊の首が跳ぶと思えたが、加重加速により(落ちるように)後方に跳んだ柊の動きは神護の予想を超えていた。
さらに、後方に落ちながら見せた柊の動きに追撃が鈍る神護。柊は右手のすべての指先を伸ばし神護に向けた。昔のヒーローならではのフィンガーミサイルを発射するポーズそのままだ。
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