気づかせてくれたのは…

@7az5

第1話

気がつくと目の前には新鮮で、でもどこか懐かしい気持ちになる大きな緑の屋根の一軒家の前にいた。その家の前で私は呆然と立ち尽くしたまま動くことができなかった。

「え、どういうこと?なんで誰もいないの?」

そう思って口にしたはずの言葉が聞こえず、ただ懐かしい昭和の歌謡曲が今の流行りの曲ではありえないくらいのゆったりしたテンポで流れているのが聞こえるだけだった。しかしその曲には聞き覚えがあった。思い出そうと頭をフル回転していると、外からガチャッと鍵が開けられる音がした。

「あなた、近所の奥さんが大きいスイカを譲ってくれたの…ってあれ、まだ帰ってないの?」

その声を聞いてあっと声にならない声を上げた。

「あれ、花子ちゃん、なんでここにいるんだろう?動かしたっけ?」

そう、私はお父さん・お母さんの家、つまり私の実家の人形・花子ちゃんになってしまったのだった。花子ちゃんはどう見ても西洋人形なのに、

「名前に子がつくと元気な子になるから〜」

と根拠もなにもない理由で名前をつけられたのだ。そうゆう私も秋子だし、お母さんは月子だ。気づいてしまったこの状況に動揺した。どうしよう、このまま戻れなかったら、なんて思っていたら、

「花子ちゃん、スイカだよ、夏だね〜」

・・・私も食べたい。必死に訴えかけようとしても全く伝わらないし、お母さんのふわふわのほほんとしたしゃべりかたを聞いていたら焦らなければならない状況にいるのにもかかわらず、気持ちが落ち着いてしまった。というよりも小さい頃からずっと憧れていた人形の家に入れると思うと、不思議とウキウキと気持ちが高ぶってしまった。

「今日は蒸し蒸ししててもう私あせが止まらなくて困ったわ〜」

そう言って笑うお母さんの顔には確かにしずくがびっしりとついていた。

そしてベタベタになった手を洗面所に洗いに行ってしまった。

「まって、私を家に入れて」

と言おうとしても聞こえるはずがなく、ただひたすら待っていると、戻ってきたお母さんは私を人形の家のリビングにあるフカフカの椅子に座らせて、髪をゆっくり優しくとかし始めた。そういえば私、小さい頃は花子ちゃんのサラサラブロンドヘアをなんとか自分好みにアレンジしようとして、結局髪をボサボサにしてたな〜ポニーテールだって試したし、お団子も三つ編みも!さすがに短く切ろうとしたときにはお母さんにすごい勢いで止められたな・・・しかし私がいじりまくって爆発していたはずの花子ちゃんの髪はサラサラだった。また、周りを見回すと壊れていたはずのドアが直っていたり、洋服の数が増えていた。なんで…と言おうとしたらピンポーンとインターホンがなった。

「ただいま、いつものスーパーでスイカが安売りしてて、買ってきちゃったんだが…」

「えっ私も今スイカ持って帰ってきたところなんだけど。二人じゃおおいわね。」

「だな、花子ちゃんもたべることができたらいいのにな。」

「そうね、やっぱり家に一人でも二人でも食べ盛りの子がいてほしいものだわ。久しぶりに秋子にも会いたいわね。」

それを聞いて私は思った。花子ちゃんは二人のもう一人の娘なのだ。私が実家を出てからの間、二人を支えて支えられていたのだ。

「次はいつ帰ってくるのかねえ。」

「まあ、あの子も今仕事に慣れ始めている頃だろうから、無理はさせたくないわね。落ち着いたらきっと来てくれるわよ。それか花子ちゃんに会いたくて来るわよ。」

「それもそうだな。」

…二人とも私のこと何歳だと思ってるの。もう二十三歳だよ。でもそれで気がついた。私のためだったんだ。私がいつ帰ってきてもいいように手入れしてくれてたんだ。少しずれている気もしたけど、嬉しくて泣きそうになった。それと同時に、今こんなに大切にされている花子ちゃんとこの人形の家がほんのちょっぴり羨ましくもあった。一人暮らしをする前は、自分がどれほど愛情を受けて育てられていたのか考えもしなかった。しかし今、愛情を注がれている花子ちゃんとして、自分がどれほど大切にされているのかを知ることができた。仕事の忙しさにかまけて実家に少しも顔を出さなかったことが恥ずかしかった。

「とりあえず、スイカ冷蔵庫にいれておくわね。」

「ああ、ありがとう。」

今度会うときは、いや、そもそも人間に戻れるのか、もし戻れたら絶対言う、何が何でも言う、恥ずかしくて、うわずって、変な声になっちゃうかもだけど言う、

「ありがとう」って。そうしたら意識がすうっと遠くなっていった。

 気持ちの良い日曜日の朝だった。目を覚ますと私の住んでいるアパートのベッドの上にいた。

「お父さん、お母さん元気かな、花子ちゃんとも遊んであげようかな。」

そう思ったら無性に会いたくなってしまい、朝支度を始めた。いきなり来たらびっくりするだろうなと思うと面白くて一人でフフッと笑った。

 「ただいま!」

「えっ、おかえり、あっちょうどスイカあるんだけど食べる?」

「うん。あとさ、」

「うん?」

「えっと、本当にありがとね。」

「あんたスイカ好きだもんね。」

「それもだけど…全部、ぜんぶありがと。」

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