第23話 信長との対面、一度目
信長が、彼らとの面会を許したのは、永禄十二年三月十三日の朝の
ことであった。
信長の意を受け惟政は、再びアンタンの居宅を訪れ、その旨をフロイスとアルメイダに伝えた。
フロイス神父は、その報を聞くとすぐにロレンソたちを呼び、出かける用意をするよう命じた。
迎えに来た惟政の案内で、信長が待つ本能寺に向かうことになった。
手荷物には、この日のために三年も前から取り寄せた品々を用意させていた。
信長への贈り物が積み込まれた。
その日は雲無く空晴れ渡る日で、信長は朝早くから本能寺の庭先で小姓たちと共に蹴鞠に興じていた。
フロイスたちが到着したころ、ひと汗かいたのち蹴損じで傷んだ右足首をかばいながら部屋で一息ついていた時であった。
また、午後からは身なりを整え昼餉をとり、昼過ぎのひと時に音楽を聴きながら上段の間で寛いでいたころであった。
そこへ。
「神父様。ご到着のよし」と取次の小姓が大きな声を張り上げた。
「これへ」と、信長。そして、フロイス一行は、次の間に通された。
「おまねきいただき、ありがとうございます。ご尊顔を拝し、恐悦至極にございます」と、緊張のせいかたどたどしく、また慣れない日本語で信長に挨拶をした。
座したまま、神父は順次に畳に頭を付けた。
「よいよい」と、短く信長。
「して、予に面会とはいかなることか」
「信長さまが、新しい公方様を奉じ尾張よりご上洛と聞きおよび。これからの洛中の安寧のお願いと、われらの洛中での住まいとイエズス会布教のお許しを戴きたく参りました」と、屈託なく答えた。
「予にそのような力があるであろうか」と、試すように聞く信長。
「そのように。われらは信じております」と、フロイス。
「まあ、よい。そちたちのことは覚えておく」と、信長。
「今日は、我々の国からの贈り物を持参してまいりました。どうかお受け取りいただきた存じます」と、用意していた品を差し出した。
フロイスが携えてきたものは、大きな鏡、美しい孔雀の尾、黒いビロードの帽子、ベンガル産の藤杖である。いずれもこの国では見ることができない珍しいヨーロッパの品々であった。
信長は、そのような物には興味がないといった素振りで、奥の部屋に戻り音楽を聴いていた。その実、鋭い目で神父たちを子細に観察していた。
一方で、和田惟政と佐久間信盛に言いつけ膳の用意もさせていた。
贈り物を一通り眺めたのち、とつを除いてすべてフロイスに返すといい、ビロードの帽子だけを置いて帰る様に伝えた。
それ以上のことは何も話すことはなかった。
最後に、「また、会おうぞ」と一声かけ、フロイス一行を部屋から退出させた。
彼らが部屋を出たのを確認した信長は、惟政と信盛を呼びよせ次のように語った。
「予が伴天連に親しげに引見しなかったのは、なぜだかわかるか。予は、自らの教えを説くためだけに幾千里も離れた遠国からはるばる予の国に来た異人とどのように接してよいものか悩んでいたからだ。予が隠れて伴天連と親しげに語らっていることが市中に知れたならば、予が切支丹とならんことと思われるのではないかと案じたからだ。市中では、彼らは悪魔のように言われていると聞く。教えは呪いのようにとらえられてもいるともな。それによってこの国が直ちに滅亡するかのようにも取りざたされておることは、そちらも知っているであろう」
「いかにも」と信盛が答える。
「予はよくわかった。たかだか数十人の異国人が、この大国において、いかなる悪を成し得るというのか、予はむしろ遠い異国から命を懸け海原を超えて来た彼らの気を尊んでおる。むしろ今ある幾多の宗派よりは、よほど信念を感じておる。自らの職務を全うするために命を懸けていることそれだけでも頼もしく思うるのではないか。政ごとばかりに首を突っ込むことこそ、よほど国の滅亡につながる」
「今一度会おうぞ。次はしかと話してみよう。話せばわかることもあるであろう。どうだ。惟政」と、信長は和田の顔を見た。
「さように心得ましてございます。しからば、またその時を」と、惟政。
「よきにはからえ、惟政」と、信長は部屋を出た。
一方、部屋を出たフロイスは、以前にアルメイダから聞いた、市中で噂されていた信長の姿を思い起こしていた。
(風紋とは。一方的に作り出されたもので、信長の幻影と実際に見て受けた信長に感じた印象は同じではなかった。実に聡明ではないか。何かこう。止っている清らかな水のごときで、透明感のある水の中をのぞき込むとそこに自らの姿が映る。そこに信長は存在せず、何か自分の姿をみているような、そんな気持にさせられた)
これが、フロイスが受けた正直な感想であった。
十五日、市中では、伴天連をよく思わない仏僧とその一派が、フロイスが信長を訪問したらしいということを聞きつけ、あらためて悪の噂を広めていた。そのこs
で、フロイスはアンタンの家にすら居ることができなくなっていた。
ある者は、信長が伴天連を堺から追放したとか、またある者は信長を訪問した時に捕らえられたとか。噂していた。そのため洛中では切支丹たちが避難を求めて教会に集まっていた。
この時、教会にはいまだ水野元信の兵三千人が宿営していた。水野は信長のもとからフロイスが無事帰されたことを聞き。あわてて信長から教会をもらい受けることになったと偽り、調度品を持ち出し始めた。
ロレンソは、この状況を見てすぐに、和田、佐久間、高山にそのことを知らせに走った。和田からの返答は以下のとおりであった。
「皆は、すぐに家に戻るがよい。我々がしかと面倒を見る。安心なされよ。信長さまは皆を庇護すると仰せである。かの如きは、噂にしかすぎぬ。悲しむに及ばない。織田が伴天連を保護しているということが市中に知れ渡れば、嫌がらせをするものなど霧散する」と。
惟政と信盛は、信長の許を得て、水野元信に教会を返還するように伝えた。
十六日、これを受けて水野は、フロイスに教会を返還した。
信長と命令と和田の尽力により、四月一日のミサは無事に執り行われることなった。帰洛後の初めてのミサであった。
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