第22話 フロイス、三度洛中へ
三月八日は生母の誕生の日、金曜日である。
高山友照がフロイスのもとを訪れ、和田殿から帰洛すべしとの知らせを伝えた。
フロイスは、和田と別れた後、堺の信徒のもとで彼らの告白を聞き続けるために職務に没頭していた。その日も四節句として信者に聖体を授けていたところであった。
「和田殿の話によると、和田殿が洛中に帰り、信長さまにフロイスさまたちの面会希望を伝えたところ、許しを得たということである。すぐに出立し洛中に上るようにとのことである」と、友照が言う。
すぐに支度を整えたフロイスは、九日に堺を出て富田に向かった。富田では数日で千人が亡くなるという疫病が流行っていたため町外れの旅宿に泊まった。
十日、そこから一里離れた高槻を経て芥川城に到着し一泊したのち、十一日に洛中に戻りついた。フロイス三度目の洛中である。
この時、彼らの教会は、徳川家康の叔父である水野信元という武将に占拠されていた。そのため教会には戻ることができなかった。しかたなしに、フロイス一行はアンタンという年老いた信徒の家に宿泊することとした。
堺へ脱出した日の情景が信徒の中にはまだ色濃く残っており、フロイスが洛中に帰ってくるという噂を耳にした老若男女の信徒たちは、捧げ物の食物や身の回りの品々を携え、追われるようにして洛中を落ちていったフロイスたちを思い出迎えていた。
人々の顔には、あの日の苦痛と悲嘆を忘れさせるほどの歓喜と涙で溢れていた。
その光景を見ていたフロイスは、
「主なるデウス様は、わたしたちの望みを満たしてくださった。このうえはわたしたちの生涯になにひとつ不足するものはない」と、周りの者たちに伝えた。
ロレンソ修道士は、さっそく次の日に和田惟政を訪ね、フロイス神父が洛中に到着したことを伝えるために妙蓮寺にある和田の屋敷に向かった。
惟政は、神父との約束とおり、洛中へ戻ってから信長との対面を取り計らうため時間をかけて準備を進めていたのである。
ロレンソからフロイス到着の一報を受け取った翌日、惟政は自ら贈り物を携えフロイスが居するアンタンの家を訪ねた。
「フロイスさま。ありがたきこと。ようやくと洛中へお戻りの由。他信徒たちもあのように喜んでおります」
「いえいえ、これもすべては和田殿のご尽力。神がわれわれに素晴らしい人をお与えになったと感謝しているところです。これまで、たくさんの受難にあってまいりました。これを最後にしたいものと思っております」と、フロイスは深々と頭を垂れ感謝を著した。
「しかし、ここの住まいではまいりますまい。なんとか殿のお許しを受けて水野殿に教会を明け渡していただけるよう頼んでみましょう」
「なんと、そのようなことまで」
「よいではないか。最後まで切支丹として面倒を見させていただきたい。まずは明日、信長殿を訪問する用意をされよ。殿がお会いされると申しておる。わたしが迎えに上がり信長殿に紹介いたす」と、言い残し惟政は去って行った。
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