第21話  フロイス三度、堺へ

一方、信長は信長で、かつての最盛期の堺の姿。始めてここで見た鉄砲のことなど、ここ堺での思い出は深く、それはそれとて、この惨状はとても気にかけていた。


「なんとかせねばならぬか」

「惟政を呼べ」と配下の者伝える。


駆け付けた和田に信長は伝える。


「惟政、堺を鎮めろ」

「受け承りましてございます」と、和田。


ひとまずは、和田惟政を派遣し堺を庇護するために安堵状を発給することとした。


切支丹たちにとっては、このことはとても好機であった。何よりも惟政が切支丹であること。義昭・信長の信が厚いことにあった。


惟政自身も、信長の信を得て、宣教師たちの基盤である堺の統治を任され、義昭や信長への取次ができる立場を持ったことから、京に帰れないフロイスたちの仲立ちをすることが出来ると考えていた。


永禄十二年二月十七日、堺に滞在していた惟政は、高山右近から友照を通じてフロイスに向け、何はともあれ洛中へ向かい信長と竪面することが大事だと伝えてきた。


時を合わせるように、翌日、豊後からはロレンソ修道士が堺に到着した。

フロイスは心強かった。


この報を受け堺にいったん戻ることとし、着いたばばかりの尼崎を後にして高山友照とともに出立した。大急ぎで堺に戻ったフロイスは、さっそくロレンソ修道士と面会した。


「おお、ロレンソ。長旅ご苦労様でした」

「こちらは、右近様の父上高山殿です」と、フロイス。


「フロイスさま。お迎えありがとうございます。お会いしとうございました」と、ロレンソ。


「早々ですが、ますは和田殿のもとにまいらなければなりません」と、その足で二人を即し和田のもとへと向かうことにした。


和田は信長の使命を果たすため、堺に来てからも非常に多忙な毎日を送り、勤勉に働いていた。


次から次に訪れる来客をこなし彼の部屋は引っ切り無しの人で満ちていた。

しかし、フロイスを見るとすぐに仕事を打ち切り、彼らを部屋に通すように家臣に即した。惟政は、彼らを鄭重かつ敬意をもって迎えた。

 

これとは別に、部屋には惟政以外に仏頂面で厳つい髭面の老人も座していた。信長の宿老柴田勝家である。


「さあ、フロイスさま、ロレンスさま、高山殿。こちらにおわすのが柴田殿じゃ」


「昨日からそなたたちのこと。伴天連や切支丹のことを柴田様に話しておったところじゃ。柴田殿もそち達に興味があるそうぞ」と、惟政。


勝家は前に据えてあった四方膳をにじらせて、そこからさらに身を乗り出し、フロイスを覗き込んだ。


「かねてから、噂は聞いておる。そちがフロイスか。面白い顔立ちをしておるのう。身なりも変わっておる。異国とはこういうものか。なんやら匂いも違うの」と、わざと鼻で嗅ぐ仕草をした。


「して、そちの国の教えとはいかなるものか」と、勝家。


「難しいことはありません。人は人として神から命を与えられて使命を持って生まれてまいります。あなたの隣人も私の隣人もみな同じ人ゆえ、同じだということにございます」と、フロイス。


「難しゅうて、よう判らんのう」と、笑いながら勝家は答えた。


「柴田様にも父、母、妻子がおありでは。その皆を思う大切な心をおもちなのではないでしょうか。わたしも、わたしの隣人もみな同じような心を持っております。そのことを大切にしております」と、あらためてフロイス。


「わかった。もうよい。いずれどこかで、もうちとゆるりと二人で話そうぞ」と、見透かされた心情を隠すように勝家は手を振り次の言葉を制した。


「よいではないか。そのくらいで、いずれ殿とも話されよう。神父が話したきことは、これよりゆるりと皆で聞くことでよいではないか」と、惟政。


「まずは、殿に会われることである。わしはその労を惜しまないつもりじゃ。神父たちが堺を追放され皆から見捨てられている姿を見て憂いておった。わしの力でできることはないかと考えておった。堺を任されるにおいて皆を庇護し、他の者が不敬を払わないようにすることを考えておったが、役に立つ日が訪れてうれしい。これはわしの仕事だ」と。


「洛中へ帰ったなら、そちらのことを殿に話し、興味を即すこととしよう。そのうえで洛中へ帰ることができるよう手筈をととのえる」と付け加えた。


「そのようなことできるのでしょうか。何よりも貴殿の身を案じます。これまでも我々の行く手にはさまざまな危険が渦巻いておりましたから。信長さまはかなり激しい気性と聞き及んでいます。和田殿に迷惑が掛かってはと心配しております」と、フロイスは恐縮した。


「よいよい。殿に会えばわかる。それよりも、これからみなで町に出向こう。信長殿の家臣たちが大勢きておる。皆を皆に紹介しよう。これで堺での居場所ができるであろう。和田が皆を庇護していることが伝わるであろう。ついでにデイオゴの家も尋ねてみるとしようか」と、いうやいなや、素早く居を正して部屋を出た。


あわてて、フロイス、ロレンソ、高山、柴田もこれに追随した。


こののち七日間堺に滞在した和田惟政は、フロイスを二度三度と訪問したのち、足早に洛中に帰っていった。


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