第20話  フロイス、尼崎へ向かう

義昭と信長の上洛以降も、世情は安定しなかった。同じように堺も混乱していた。


民は、あらためて信長がこれまでの為政者と同じように堺を破壊するのではないかと噂していた。


その恐怖はとても大きなもので、民はできる限り堺から離れ妻子や財産を地方へと避難させようと考えていた。


信長の家臣たちによる略奪を恐れ、町の半ば以上がすでに引っ越してしまうという状況にあった。


フロイスもその状況を見て、堺に滞在し続けることは難しいと感じ、堺から尼崎に移ることを考えていた。


永禄十二年二月二十五日のことである。


「ロレンソ神父。このままでは、堺で暮らすことはままなりません。われわれも、思い切って尼崎に向かうことはどうでしょうか。そこで高山殿を頼よってみては」と、フロイス


「堺から船で尼崎に向かうにしても、船を探す事は大変ではありませんか。洋上には、この機会を狙った海賊どもが大勢出ているとも聞いております」と、ロレンソ。


「それでも、ここでじっとしているよりはよいでしょう。すぐに船をさがしてください」


「わかりました。船をさがしにまいりましょう」と、ロレンソ神父は屋敷を出た。


半時ほど経て、ロレンソは額の汗をぬぐいながら屋敷に戻って来た。


「神父さま。小舟ではございますが一艘見つけてまいりました。堀割まで迎えに来ておりますので、すぐにここをでましょう。そうこうしているうちに、ここも危なくなりましょう」と、ロレンソ。


「ご苦労でした。それでは皆で支度しましょう」と、フロイス。


湊には、フロイス一行が乗り込む小舟よりもはるかに装備の良い大きな船が、すでに十数艘並んで出航しようとしていた。


河岸では婦女子の鳴き声、大声で叫び悲嘆する男ども、珠数をもちひたすら念仏を唱える者などがいた。この様子を見て、フロイス一行も堺の情勢を実感することとなった。


フロイスが乗り込んだ船の船頭は怯える一行に対し、こう言った。


「目の前の見えるものより、目を閉じて一身に艪を以て船をこぐことだ。命が惜しければな」と。


海賊たちは、よき獲物を得たとばかりに船という船を猛追し始めた。いずれの船も、引き返すことなく前方に向かって力の限り漕ぎ進めていた。それでも追いつかれそうになった船であったが、彼らを救ったのは突然発生した霧であった。船と船は互いの姿が見えなくなるほどきりで隠れ何も見えない。


海上には、そこかしこから響く櫓の音が聞こえるだけになった。その音を頼りに海賊たちは追跡していたが、結局目的を果たせなく次第に後戻りしていった。結果、一行の船だけではなく、船という船すべてが無事に尼崎につくことができた。


「大変だったが、よかったな」と、ひとこと、船頭。


「いつも、よき人々と幸運に恵まれているようです」と、フロイスは祈りを捧げて一同と共に船をあとにした。

 

尼崎の港からから歩いて、フロイスたちは、まずジュリアンというキリシタンの家を頼ることにした。


二十八日、この状況を見ていた信長は、堺からさらに尼崎に視点を移し、三千の軍勢を尼崎に差し向け矢銭を要求した。


尼崎の商人たちはこれを拒絶。要求を突きつける織田軍に対し、それを拒む町衆との対立は、七日ほど続き三月六日の睨み合いにまでに発展した。


そして織田軍は市に入り四町四方を焼き払い男女三千人を撫で切りにした。


この状況を見たフロイスは、初めて織田信長の恐ろしい一面を見たような気がした。


そして、尼崎からさらに高山ジェスト右近の父で能勢にいた高山ダリオ友照を頼り逃げることにした。

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