第9話  アルメイダのその後

堺に到着後に病に伏したままデイオゴの屋敷で別れたアルメイダのその後である。


フロイスのもとへは、アルメイダからの手紙が届いていた。


それによると、

「わたしは、フロイスさまと洛中に向わなくてはならず。フロイスさまを助けて務めをはたすために豊後から堺に参りました。しかし、この務めを果たせずにいます。体は激しい痛みに襲われ、激しい病を患い生死をさまよいました。一時は神のお迎えを見るほどになってしまいました。わたしはデイオゴの屋敷で二十五日の間、看病してくれたひとびとの並々ならぬ親切で故郷にいるかの如く暮らし、昼夜を問わぬ看病をいただきました。そして、彼らの力により病から救い出していただきました。主の力によりわたしの命は救われました。しかしながら、まだ旅を続けるだけの力は戻っておりません。早くフロイス様のもとに行きお手伝いをしたい。そう願っています。フロイス様が発たれる前、心配されていたモニカも、その後立ち直りマリアさまの前で日々祈りを捧げております。父デイオゴは、なかなか考えを改めることができないようですが、私はデイオゴの決定に同意しないようあらためて決心をしたところです」とあった。


 アルメイダはその後、手紙にも合った通り、病が快方に向かい外出できるまでになった。一月十四日には、駕籠に乗り堺の篠原長房の屋敷に出向き、創造主である神々はいったい何者でその起源はどこにあるかなどの話を説き、堺のこれからについて話し合った。その場にいた秘書の武田市太夫がキリシタンとなったほどであった。


そこから堺に戻り、十六日朝に今度は船で河内国飯盛城へと向かった。その日から一週間、飯盛城で告白に従事し、飯盛城を訪れたヴィレラ神父と共に二十五日にミサを行った。


しかし、これらの無理がたたったのかアルメイダは再び病に伏すことになる。

ひどく痛む脇腹に、洛中で治療するのが良いのではないかというヴィレラの進めにより、アルメイダは、ヴィレラが用意した駕籠により急遽洛中に向かうことになった。そしてヴィレラもそのまま大和に向かうこととなった。


こうして、アルメイダは、思いもかけぬ形ではあったが、洛中にいるフロイスと合流することになった。


ところが、洛中に着くと逆にフロイスが病に臥していたのであった。それに加えアルメイダの病状はますます悪化していき。やせ衰えていき誰の目にも助かる見込み無いように思われるばかりになった。腹の痛みにより一切の食物を吐く。そのような苦痛が二か月も続いた。しかし、この病にも神の導きで打ち勝ち、三月二十九日には再び洛中を出発しヴィレラのいる大和へと向かうるまでに回復した。

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