第7話 永禄八年一月の事
永禄八年一月の洛中は、正月行事で活気づいていた。
主君の間、友人、家族は互いに、紙縒りで結ばれた紙十帖と扇ひとつを折敷に乗せた進物を携え、年賀の挨拶として訪問し合うことが儀礼となっていた。
フロイスたちも、その習わしに従い将軍や貴人たちを訪ねなければならないと考え、何はともあれ将軍のもとへと持参し参内することとした。
参内すれば将軍と話せると思っていたフロイスであったが、将軍は儀式では黙して一言も語らず、来訪者に順に盃を与えるだけで、参内したものは畳に深々と頭を擦り付けお辞儀をして退出するというだけの姿を見た。
さらに、将軍に続き、部屋が離れている将軍の夫人や母堂をも、おなじように訪ね同じ事をするのである。それでも拝謁できるのはまだましな方で、下の者は将軍が前に姿を現すこともなく、ましてや部屋に通されることもなかった。
ガスパル・ヴィエラ神父は、かつて二度将軍に拝謁したことがあった。一度目は短白衣にストラをかけ、二回目はマントを羽織っていった。今回はカメロット製の白衣にオルムズ製の金襴の飾りがついた大法衣に四角い僧帽を被るというひときわ目立つ姿にした。
フロイス神父は、そのことを思い出して、目立つようにとマントに修道服を着て撚糸絹の靴をはいていいった。
将軍への贈り物としては、大きな水晶鏡、黒帽、麝香、ベンガル産藤杖、そして十貼の紙と扇ひとつを持参した。
将軍の宮殿の外は深い濠で囲まれていた。木橋で濠を渡る。
入り口には各地から参内した家臣三百人ほどが列をなし、御殿の広場にはおびただしい数の馬が繋ぎ止められ輿が主を待っていた。
不思議な光景を目にしながら、フロイスも同じようにそこで待った。
そして、見よう見まねで、さまざまな所作に従って年賀の挨拶をこなした。
正月行事を終えたフロイスは、すぐに教会でミサをはじめた。
十四日。フロイスの洛中での暮らしが落ち着いたのを見たヴィレラは、河内の信徒たちの告白を聞くために飯盛山城へ出発していった。
この年の洛中での四節句は、希望に満ち溢れていた。ダミアン修道士の説教。詩篇ミゼレ・メイ・デウスの朗読。鞭打ちの苦行などが行われた。信徒の数も増え、遠方からも集まるようになってきた。
そして、三月二十二日に復活祭が営まれた。
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