第2話  日比屋デイオゴ了珪

彼の名は、日比屋了珪という。


了珪は、代々続く堺商人の家系で、天文十九年にザビエル神父、永禄四年にヴィエラ神父の宿主となり、邸内に祭壇を構えるほど堺でも有数の切支丹でとなっていた。


当時十歳であった息子の了荷と共に受洗し、それぞれデイオゴとヴィセンテという名を得ていた。合わせて、了珪の兄弟たちもトーアンやジョイン・ガスパールとして洗礼を受けている。


妻は堺の豪商奈良屋宗井の娘で、これも後の天正五年に受洗しイネスと名乗る。他にも了珪の子供として、了荷以外に長女のモニカ、次女のサビナ、三女のアガタがいた。特に三女のアガタは、堺代官であった立佐ジョーチンの子、小西アグスチィーノ行長の弟小西ベント清如の妻となっている。いずれも敬虔な信徒たちである。


「長い旅。さぞかしお疲れことでしょう。私どもの屋敷にお越しくだりましてありがたきことでございます。主の恵みに感謝いたしております」

 了珪は喜びいっぱいな顔つきで迎えた。


「いえ、わたしのほうこそ。とてもありがたきことです」

フロイス神父も、これに応えるように笑顔で返した。


「さあ、さあ。今宵はわが屋敷におとまりくださいませ。荷物を降ろし、旅の疲れを癒していってくださいませ」


「我が妻も子も神父様にお会いできることを、心よりお待ちしておりました」


こうして、神父一行は、無事堺に到着し、その一歩目を踏ふむことになった。


了珪の屋敷は、環濠に囲まれた堺の中程、櫛などの小間物を扱う問屋が立ち並ぶ櫛屋町にあった。屋敷は通りに面し次の通りまでの間にあるひときわ大きな門構の屋敷である。


神父たちはその庭に面した離れに案内され、そこを宿とすることとなった。


「アルメイダさま、ひどくおやつれのご様子。とてもお具合が悪そうです」デイオゴがたずねる。


「船中でのひどい寒さに、身体に激しい痛みがあります」

アルメイダは、言葉以上にひどい痛みを感じていた。


「さあさあ、まずはここに」と、デイオゴは、広間の青磁の壺や香炉が並ぶ紫檀の棚の前に座布団を差し出し、そこに座ることを促した。


「アルメイダさま、そのまま床に伏せられてはいかがでしょうか。寝屋を用意させましょう」


「アルメイダ」と、フロイスは少し語気を強めて言った。


「デイオゴのことばのままに」、フロイスは我慢をしていたアルメイダを促した。


「では、男衆を呼びましょう。アルメイダ様の部屋に寝屋を用意させますゆえ、そこでゆるりとお休みくださいませ。近くのキリシタン医を呼びよせましょう、それまでしばらくお休みなさいませ。豊後からは遠くございましたな」と、労いデイオゴは言った。


そして、「フロイスさまはこちらへ」と長い縁へとフロイスを導いた。


(明日の夜明けには、ここを出でヴィエラ神父が待つ洛中へと向かいたい)


フロイスはとても気が急いていた。


彼は四年もの歳月、一人で洛中に滞在し奮闘しているヴィエラ神父のもとに一刻も早くたどり着きたいと思っていたからである。洛中への道を一刻も早く辿りたかった。


その日、一行は了珪ら家族と共に過ごした一行は、これまでの旅の話や自国の話、説教などを行い。久しぶりに足に地が付く場所で食事を共にして語らって過ぎていった。

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