第21話 それでこそ我らが――

 月曜朝6時半。


 自宅に帰った俺はメイリーさんと諸々の確認作業を行っていた。


『わっ、わっ、すごい……これが械之助くんの……すごい匂い……久しぶり……』


 ……ちなみに俺の部屋の匂いだ。


 現在、俺はメイリーさんとどこまで同調できるかの確認をしていた。


 一連の作業はソファーでスマホを眺めるフリをしながら行っている。


 その理由は――――


『――やっぱり好きぃ……』


『……嗅覚は大丈夫そうですね、触覚はどうですか?』


『うん、きみが動くとすごく感じる……』


『……そうですか』


 主語を……。


『でも、本当にいいの?』


『ええ。臨場感のあるほうが頭も冴えるでしょうから』


『……そっか』


 もちろんこれはメイリーさんに外を楽しんでもらいたいからだ。


『では、夢山ゼリーを頂きましょうか』


『ぁ……たのしみぃ……』


 メイリーさんは2年間何も食べていないらしい。


 食欲もなく、睡眠も必要ないとのことだ。


『わわわ、なにこれぇ、すごいぃぃ』


『――ははは』


 俺は状況を楽観視しているわけではない。


 むしろ困難なものだと認識している。


 実際に――――


 ――俺の部屋や服、カバンにはそれぞれレコーダーとカメラが巧妙に仕込まれていた。


 その対応にも生死が関わる。


 そしてだからこそメイリーさんに……。


『おいしいぃぃ』


『ははは』


 ――――ふと気付く。


 先行きも分からないこんな状況で、俺は自然と笑みを浮かべていた。


 ――悪いことばかりではないかもしれんな。


 不自然にならないようまた無表情に戻しつつ、俺はそんなことを思った。






 ・・・・・・・・・・






 登校中。


『匂いすごいぃ』


『俺も最初は驚きましたね』


 とにかく匂いがすごいらしいメイリーさんと話しつつ、高校も近づいたとき――――


「――ゆめ、夢山くんっ」


 背後から声がした。


「――霧峰きりみねか」


 振り向くと同じ高校の女子生徒。


 165センチほどの高めの身長に肩を少し超えるサラサラとした黒髪。


 ――彼女は金曜日に麗の隣にいた人物だ。


「おっ、おは、おはよう」


「おはよう、何か用事か?」


 ほとんど話したことはないが……。


「えっ?特には……」


「そうか」


「…………」


「…………」


 な、なんだ……?


 一瞬で沈黙になり――――


『――この子いい匂いぃぃ』


 メイリーさん……。


「……そういえば、金曜は麗とどこかへ遊びに行ったのか?」


「あ、うん。た、楽しかった」


「そうか、ちなみにどんなところへ?」


「え?えーと、あれ?えーと、あの……あれ?……ぁ、ごめ、ごめんなさい……」


「いや、別にいい」


 俺には教えられないか。


「え?あ……興味ないよね……」


「ん?本当に思い出せなかったのか?」


「あ、あたま真っ白で……で、でもわたし普段はもっとちゃんと――」


 その瞬間、霧峰の肩に手が置かれた。


「――かーいちょっ、話終わったっ?」


 明るい声。


 シンプルなひとつ結びの黒髪で小柄な女子だ。


「り、里菜りな……あ、話……」


「えっ、忘れてたの?話あるから後ろで待っとけぼけなすーって言ったくせにー」


「そ、そんな言い方してないし……ほんとにほんとだよ?」


 そう言って霧峰は不安そうにこちらを見上げた。


「ふむ、言っていたとしても友人同士ならそう問題はないと思うが……」


「あ、そそ、そうだよね……」


 そう言って俯く霧峰の顔が覗き込まれる。


「……なんかいつもと雰囲気違くない?」


「べべべ、べつに……」


「ぶふっ、べべべってっ、というかぁもしかして夢山くんのことぉ――」


「――ち、ちがっ……う、みたいな……?」


「え、なに?ほんとにどうしたの?いつもならぶん殴るところじゃん」


「は、はあ?何言ってんの?意味わかんないし」


「お、その強気、それでこそ我らが生徒会長だよ」


 ――そう、生徒会長。


 彼女、霧峰 結乃ゆのは1年次から生徒会長を務める学校で一番の有名人だ。


 ……流石に一番は俺ではないだろう、恐らく。





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生存青春~サイボーグはどうやら何かを間違えたらしい~ 分太郎(わけたろう) @to-huku

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