第18話 通告。課題未達成――

 日曜、朝。


 俺は頂き物の羊羹を食べていた。


 控えめな甘さが脳に心地よい。


「…………はぁ」


 俺の部屋には菓子がたくさんあるが、自分で買ったのはこどもに渡すためポケットに忍ばせている飴玉くらいで、他はありがたいことに貰ったものだ。


「…………はぁ」


 というか、この部屋には私物がほとんどない。


 俺のお小遣いは毎月5千円だが、初期費用として3万円も支給されており、それすら使い切っていない。


 水道光熱費や家賃などは全て機関持ちのため、かなり節約できる。


 ありがたいことだ。


「…………はぁ」


 ため息が止まらん……。


 正直昨日のことを引きずっているのだ。


 ――いや、綾を振ったのは俺なんだが。


 それでも一度好きと言われたら気になるもので。


 そしてあの後向かいのマンションの一室で何があったか考え……。


 いや、考えるまでもないことなんだ。


 傷心中、そして……鮮烈に脳へ刻まれた綾の被虐的な一面、波川君の強気な態度。


 それらが合わされば……。


「……はぁ」


 やたらと防音性の高い静寂な一室にまた俺のため息が響き――


 ――――ピンポーンっ。


 インターホンが鳴った。


 まだ朝の8時だが……。


 出るか悩む。


 俺は一度宗教勧誘を断れず1時間も粘られたことがある。


 ……少し様子を見るか。


 ――――ピンポーンっ。


 ……まぁ、出よう。


 立ち上がり、早足で扉へ向かう。


 少し緊張しつつ扉を開けた。


 ――――差し込む光。


 軽く目を細め、そしてその視線の先には――


「…………花」


 パーカーにスッキリした長ズボン。


 先日、かなりひどい別れ方をしたはずの花が、そこにいた。


「――これ」


「む?なんだ、それは」


 無表情で俺に差し出してきたそれは――


「お守り。あげる」


「……そうか、ありがとう」


 小さな赤色のお守りを受け取る。


「……恋愛成就……というか、中に何か入っていないか?」


 何か固くて小さなものが入っている。


「お守りってそういうものだから」


「そうなのか」


 お守りを触ったのは初めてだ。


「ほんとバカだよね」


「……すまない」


 無表情の花は睨むでもなく俺を淡々と見ている。


「絶対持っていって」


「……ああ、わかった」


「――またね」


「ん?ああ、元気で」


 そうして花はすぐに去っていった。


 軽く見送り扉を閉める。


 だが――――


 ――またね……?


 ――まさかとは思うが。


 俺にしては珍しく勘が働いた。


 ――GPSか?


 再びソファーに座り羊羹を食べる。


 おいしい。


 ――あぁ、空港の金属探知機に引っかかるか。


 にしても今日の花の格好は見慣れないものだった。


 クールな感じ、というような……。


 ああいう姿も魅力的に映る。


 やはり花は素敵だ。


 ――む?


 ――そういえば月見テックの技術力なら……。


「…………はぁ」


 もしかしたら綾は今も波川君の部屋にいるかもな……。


 ――いやいや、綾のことを気にしすぎだろう、俺よ。


 花を見たばかりでそれは流石に幻滅するぞ……。


 いやまぁ、自分のことなんだが。


「はぁ……」


 またため息。


 ――あぁそういえば。


 この部屋、音を防ぐだけではない。


 モバイル回線まで遮断してしまうのだ。


 そのため部屋には入居時からWiFiルーターが置いてあった。


 ……などと益体もないことを考え気を紛らわせていると――――


 ――妙な感覚だ。


 ――これは脳内直通回線、か?


 だが何か――


「うおっ……なんだ?」


 突然視界が青に染められた。


 ――いや。


 ――これはディスプレイだ。


 文字が書いてある。


『通告。課題未達成。学生継続。』


 ――なに?


 学生継続。


 それはこのままの生活が続くことを意味している、のか?


 ――――ディスプレイが消えた。


 ……わからん。


 分からんのでとりあえず羊羹を食べる。


 ……おいしい。





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