第16話 こちらこそありがとう――なんて
土曜日、昼前。
淡々と時間が進む。
休日はいつも今のように自宅で過ごす。
研究所から出たばかりの頃は、自分のことをヒーローだと思い込み悪党退治のために学校以外ではほとんど街中にいた。
『ゆみのちゃん、ぼくでもかっこいいヒーローになれるかな……?』
『なれるよっ!いや、もうなってるっ!械之助は生まれたときからヒーローで、これからもどんどんすごくなるんだよっ』
………………。
まぁ色々あって人前を避けるようになった俺だが、それでも外に出るときといえば……。
――――センサーに反応あり。
俺は半径15キロ圏内の強い怯えの声音を察知することができ、状況次第では対応に向かう。
――これは……出動だな。
俺は黒のロングコートを羽織った。
・・・・・・・・・・
同日、深夜。
控えめな声量。
「――お疲れ様です」
「お疲れ様です」
若い警官から事情聴取を受けていたところ、その彼から去り際に挨拶された。
裾に隠れていたが、あれはブーツだ。
治安課の多くは一般の警官の中に紛れて活動しており、補導されないよう便宜を図ってくれることもある。
今日もこんな深夜に働いており本当にお疲れ様です、だ。
さて、ここに留まっても邪魔だろう。
――帰って寝るか。
「兄ちゃん、待っとくれ」
少ししわがれた声。
「なんでしょうか」
「さっきは本当に助かった。すごかったなぁ、軽く触れるだけでみんなやっつけちまうんだから」
今回の事件は一人暮らしの高齢男性宅への強盗だった。
今日も実地対応のためそれなりに外出し一段落したのちの就寝中、センサーが反応した。
「いやぁ、しがないじじいでなぁ、今はこんなものしか返せんのだが」
そう言って紙袋を差し出すお爺さん。
「いえ、お気遣いなく。見返りを求めてお助けしたわけではありませんので」
「おお、立派だなぁ。でもこりゃ羊羹だ。菓子ぐらいもらってくれんとじじいは心労でポックリいっちまうぞお?」
恐ろしい体験だったろうに、お爺さんは陽気に笑ってみせた。
・・・・・・・・・・
紙袋を持って夜道を歩く。
警官の方たちは送ると言ってくれたが、ひとりで問題ないため丁重に断った。
「ふぅ…………」
――俺はヒーローの器じゃなかった。
――それでも、たまには笑顔を向けてくれる人がいる。
俺はそれがとても嬉しくて――こちらこそありがとう――なんて言いたくなるのだ。
昨日はひどく落ち込んでいたはずなんだがな。
自分の単純さに呆れそうだが……。
紙袋を少し持ち上げる。
「ふっ…………」
「――あなた、笑ったりするんですね」
「ぬわっ!」
普通に大声で驚いてしまった。
なにせ――――
「うるさい。夜ですよ」
「綾八等官……」
割とトラウマになっている彼女がいつの間にか隣を歩いていた。
お互いに立ち止まる。
薄手のシャツにショートパンツといったラフな様相だ。
スラリとした脚が健康的で美しい。
「どこ見てるんですか」
「いや、どこも……」
「……まぁいいです。明日――」
「――す、すみませんっ。械之助先輩っ」
後方から上擦った声。
振り向くとなぜか深夜に制服姿の青年が立っていた。
いやまぁ、俺もコートの中は制服の襟シャツなんだが。
「あの、僕は――」
「明日、デートに行きますよ」
…………。
前後共に情報量が多い……。
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