第15話 これが暴力。これが強者の理不尽。
黙々と薄暗い帰路を歩む。
「………………」
大きめの通りから外れてすぐに自宅のマンションが見え――
その手前、小さな公園の入口に人影。
見覚えのある人物だ。
すぐに距離は近づき、彼女が俺のことを見ていると確信する。
――俺と視線を切り公園に入っていった。
俺も中へ踏み込み……。
「――待っていました」
「そのようだな」
平均的な身長だがスラリとしている。
肩ほどまでのポニーテールを揺らして振り向く彼女は――
「まさか新入生に機関の者がいると思わず昼間は内心驚いた」
――結美乃と1年生の教室を訪ねた際に話した女子生徒。
「たしか、アヤと呼ばれていたか」
「ええ」
そう応じ、彼女は無表情で俺と目を合わせる。
「――防衛課第1753中隊第61小隊波川班所属、夢山 綾八等官です」
――防衛課……?
――治安課だと思っていたが……。
ともあれ――――
俺も慣れない口上を思い浮かべ名乗る。
「生活課所属、夢山 械之助特務五等官だ」
「――は?」
昼に感じた気弱な印象とは全く異なる鋭い表情。
「俺が落ち着いていることが不思議か?綾八等官、靴だ。校内で堅いデザインのブーツを履いていれば流石に勘づく」
葉ノ鐘高校は校内でも通学靴をそのまま履く。
大体の者はスニーカーであり、綾の履くブーツはすぐ目に――
「は?」
「……要件を――」
――――ガッッッ!!
強烈な衝撃ののち、感覚が消し飛んだ。
意識に空白が生まれ――
気付けば仰向けで暗い空を見上げていた。
「――な、んだ?……ぐぁっ……ぁ……」
右頬に尋常でない痛み。
――先ほど花に左頬をビンタされたときとは比べ物にならない。
「加減はしました。早く立ってください、無様ですよ」
「……な、ぜだ……?」
「なぜ?あなたが意味不明なことをペラペラと話していたからでしょう、早く立ちなさい……早く立てッ!」
「……ぐっ……ふぅ……あぁ、少し待っ――」
痛みを堪えながら上体を起こしたとき、早足でこちらに近づく姿が見え――
思わず怖がるように両手で顔を庇っていた。
「……なんて情けない……本当に情けない人ですね、あなたは。そうですね、どうやら痛覚を消せないようですので――」
「――待て、待ってくれっ」
「あぁ、昼、あの方も仰っていましたね、調教……と。今からあなたを躾け直してあげましょう」
掲げた手が震える。
俺は恐怖を感じていた。
息も詰まるような痛みを初めて経験した。
これが暴力。
これが強者の理不尽。
だが……。
――俺は花を泣かせて傷つけた。
――暴力を振るわれ泣かされる、今の俺にはそんな姿がお似合いだ……。
掲げた手はすぐに落ちて、こちらに伸びてくる手を呆然と眺め――
「ダメだよ、綾」
――綾の腕は横から伸びてきた手に止められていた。
「
「接触禁止命令も破って、暴力まで振るって……問題行動だよ、これ」
「でも……でもっ、この人っ……桃ちゃんだって見たでしょっ!?この人の言動っ!」
綾に相対するのは波打った長い茶髪の女子。
高めの身長で、昼に綾の後ろにいた人物だ。
彼女は静かに綾の言葉を聞いている。
「……機関に相応しくないよ。誰かが教え込まないと何をするか分からない……危険だよ」
桃と呼ばれた彼女は気遣うようにチラリとこちらを見て、また綾に向き直った。
「それでもダメ。接触禁止には相応の理由があるはず、勝手はダメ」
「でも……」
「それに一方的に暴力を振るうなんて綾自身が間違ったことをしてる」
「…………」
「帰るよ、綾」
「……わかった」
どうやら、俺は助かったらしい。
諦めたはずが内心安堵している自分に気付いた。
……感謝しなければな。
俺はやっと立ち上がる。
「すまない。桃、といったか。ありがとう」
「いえ、こちらこそ綾がすみませんでした。厳正に対処しますので、安心してください」
「いや……元はと言えば俺に責任がある。気にしなくていい」
「命令違反ですから、先輩こそお気になさらず。それと今日のお昼はすみませんでした。デリケートな話へ不躾に踏み込んでしまったようで気になっていたんですが……」
本当に昼とは別人のような丁寧さだ。
緩い態度を見せておくほうが非常時に動きやすい、ということか?
彼女はブーツも履いておらずスニーカーだ。
「いや、気にしなくていい」
「すみません、ありがとうございます。遅くなりましたが、綾と同じく防衛課の夢山 桃八等官です」
「福祉部生活課所属の夢山 械之助特務五等官だ、よろしく頼む」
「福祉部……特務……?あぁいえ、よろしくお願いします。綾も黙ってないで謝って、ほら」
綾はそっぽを向きながら口を開いた。
「すみませんでした。私たち核融合炉積んでるんで、貧弱なステルス型には痛かったですよね」
「綾っ、ちゃんとあやま――」
「帰ります、さようなら」
「ちょっとっ――」
「あぁ、ちなみにあなたと違って向かいのマンションに帰ります。さようなら」
俺のマンションの向かいには倍ほど大きく立派なマンションがある。
綾はスタスタとそちらに歩いていった。
「もう、ホントに――あぁ、先輩すみません。ちゃんと言って聞かせますので……先輩、帰れますか?」
「すぐそこだ、問題ない」
「わかりました。ではすみません、これで失礼します。大丈夫かとは思いますが、お大事に」
「ああ、ありがとう」
桃は1度頭を下げてから綾を追うように足早に去っていった。
……核融合炉、か。
『械之助、きみはさいきょーなんだから。わかった?』
あぁ、結美乃……。
核融合炉はもう俺だけが持っているものではなかったらしい。
俺は最強じゃなくなったよ……結美乃。
「はぁ……」
右頬も左頬も、ひどく痛む。
帰ろう……。
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