第13話 背筋が粟立つような
目の前の彼女へ問いかけてみる。
「ふむ、月見はなぜ教室に?」
まぁ、忘れ物といったところだろうが。
せっかくなので俺は少しだけ雑談をしたくなったのだ。
「えーと。夢山くん、わたしが教室出る前なんだかボーッとしてて。部活が終わったあと一応見に来たらぐっすりだったから。起きるまでちょっと待ってたんだ」
……休み時間のことといい少し気にかけ過ぎではないだろうか。
月見には俺が大きな赤ちゃんに見えているのかもしれない。
「そうか、済まなかったな。ちなみにどれぐらい待っていたんだ?」
月見は少し腕時計を見てから答える。
「うーん、40分ぐらいかな」
「……そうか、済まなかったな」
「あ、全然大丈夫だからね。あっという間だったし」
その割には冷たい言葉を浴びせられていた気もするが……。
まあ、冗談だったようだ。
微笑む彼女は暗い教室でも輝いて見えた。
「そうか、勉強でもしていたのか?」
「え?してないよ?」
「そうなのか。何となく隙間時間にはすぐ勉強していそうなイメージがあった。良くないな、偏見というのは」
「ふふ、そうだねー。さっき言ったでしょ?起きるの待ってたって」
「あぁ、そうだったな」
「うん、ここで待ってたんだよ」
そう言い俺に微笑む彼女はカバンのある自席に歩いていく。
俺もカバンを持とうとして――――
――ん?どういう意味だ……?
俺がしたのは待ち時間に何をしていたのかという主旨の話だ。
そして月見はただ、ここで起きるのを待っていたと言った。
それは待つ以外のことをしていないという意味に――
――――背筋が粟立つような感覚。
……まさか彼女は。
えらく静まり返った教室で後ろを振り向く。
――――目が合った。
じっとこちらの様子を見ている。
――40分間、2人だけの暗い教室で、ただ俺をじっと傍で見続けていた彼女は、今もまだ、こちらを見ていた。
「久しぶりに、一緒に帰ろ?」
「…………あぁ、そうだな」
・・・・・・・・・・
俺たちは藍色の空の下、正門へ向かって歩いている。
「わたしたち、1年前もこうやって2人で帰ったよね」
「そうだな」
俺と月見は仲が良かった。
きっかけは入学してから大体2週間後の夜……。
――塾終わりの夜遅く、週末の贅沢として都会の店まで食事に行った月見の姉妹は、店内で2人の若い男たちに話しかけられたらしい。
一見紳士に見える2人だったが、麗は嫌な感じがしたらしく強い態度を見せ遠ざけた。
だが早めに店を出てすぐに、また別の4人組の男たちに話しかけられ――――
――いつの間にか後ろには先ほどの男たちがいた。
『んじゃ2軒目いこっか』
『大丈夫大丈夫、何もしないからさ』
『おい、なんか向こう変なやつ歩いてね?』
『は?どこに――』
『あれ、二人とも黙っちゃってどうしたの?さっきの態度見せてよ、ほら』
『ははっ、気の強い子ってマジいいんだよね~』
そして――――
――助けを求める月見の目と、バイザーに覆われ見えないはずの俺の目は、そのとき確かに交差した。
その後、軽く暴力沙汰にはなったが手早く男たちを追い払った。
だが月見が泣き出してしまったため、グローブを外し泣き止むまでずっと頭を撫でていた。
それからの学校生活では月見と過ごす時間がほとんどになり、研究所を出てからの誰かと一緒にいた時間では間違いなく誰より長い。
彼女が言うようにクラスも同じでまだ部活にも入っていなかった月見とはよく2人で帰った。
今なら流石に、隣で淡々と歩いている彼女があの頃2人きりにこだわっていた理由も分かる。
――だが現在の月見の心が誰に向いているのか、俺には判断できない。
それでも可能性が出た。
彼女が幻想を追いかけ続けてしまう可能性が。
その可能性を完全に閉ざすことがきっと、俺の最後の仕事だ。
「月見、聞いていいか」
「ん?なに?」
正門は既に間近、そこからもそう時間はない。
「誰が好きなんだ?」
「……あはは、直球だね。でもその前に聞かせて?」
「なんだ」
「夢山くんって、ほんとにわたしのこと好きなの?」
「…………ふむ」
俺は彼女に何度もアプローチをした。ただ、それはメイリーさんが言ったからだ。
「…………俺は……」
――俺の人生経験では自身の心情を鮮明にすることなど全くできず……。
「いい、もういい。即答できない時点で丸わかりじゃん」
早口でそう言い、月見はスタスタと正門を抜けていく。
……なんて情けない男なんだ、夢山械之助。
最後の仕事と意気込んだ直後にこれか、俺は。
すぐに歩を早め彼女に追いつく。
「月見」
「わたしも夢山くんのこと好きじゃないから。これでもう十分でしょ、質問終わりね」
いや、終わらせることはできない。
「まだだ、まだ聞きたいことがある」
「わたしやっぱり一人で帰るから。好きでもないのにしつこくデートに誘うような人と一緒にいたくない」
ごもっともだ。
それでも。
「月見、昨日の放課後、なぜ一度も校舎を気にしなかった」
「っ…………」
少し息を呑んだような音が聞こえ、彼女の歩みが緩まる。
これは何も分かっていない俺の足掻きだ。
このあと何を言うのが正解かも全く分からない。
それでも何か糸口を……。
「普通なら気にする。前日は撮られていたのだから。そして実際に昨日だって撮影者がいた。それは麗だ。彼女が俺たちを撮影していた」
「……麗…………」
「麗が撮っているのを月見は知っていたはずだ。昨日は放課後に月見へ声をかけたわけではないが、それでも流石に周りを確認するだろう」
「……麗って…………」
「そうすると月見は、最初から麗、もしくは誰かが撮影しているという心構えをしてあの場に臨んでいたと考えられ――」
前を歩く彼女が勢いよく振り向いた。
「もううるさいっ!ばかぁ!」
大きな声。
幸い周りには誰もいないが……。
「どうした?まさか前日に撮られていたことをただ忘れていただけと――」
月見の腕が動くのを視界に捉える。
存外に速いっ。
視覚を強化しその腕の軌道から体を逃す。
これは――――ビンタだ。
「避けるなぁ!ばかぁ!」
「本当にどうした、月見」
彼女は涙目になって俺を睨みつける。
「その月見っていうのやめてよぉ!前は花って呼んでたじゃん!」
ああ、その通りだ。
だが……。
「それはつき――いや、君が止めろと言ったことだ」
もう1年近く前からの事実だ。
「そう、そうだけど、でもそれはっ、械之助くんが偽物になっちゃったからっ!だからっ」
――械之助くん、か。
――あぁ、彼女からそう呼ばれるのも随分久しぶりだな……。
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