第5話 あまりに魅力的な輝く笑み

 放課後、校舎裏。


 フェンス越しに見える公園ではこどもたちが楽しそうに遊んでいる。


 俺は4日連続でここにいた。


 そう、4日だ。


 今日は木曜、課題の残り時間は半分を切っている。


 そして休日にまで突入すれば、部活に励む女子たちを誘うことになる。


 もう予定を決めていたり疲れていたりで非常に困難だろう。


 ――そんな危機的状況で俺が待つ相手。


 ――それは…………。


「――――夢山くん」


「……来てくれたか」


 背後から可憐な声が聞こえた。


 俺は振り向く。


「月見」


 ――――月見 花だ。


「まぁ……待ってるって言われたし……」


 俺は誰かを呼びだすわけでもなく勝手に月見を待っていた。


 というか確かに昨日、彼女へ待っているとは言ったが……。


「月見。粘着質な男にあまり優しくするのは君にとってリスクだろう、以後気を付けるようにな」


「……夢山くん、それ自虐?面白いね」


 こちらをジトっとした目で見る月見は全く笑っていない。


「あと、あんまり真顔で小さな子たち眺め続けたりしないようにね、怖いから」


「……ああ、すまない」


「わたしに謝られても困るけど」


 さ、さすがに態度が厳しい。


 動画も撮られていたわけだしな、怒っているか……。


 俺は軽く横目で周囲を伺う。


 …………ふむ。


「夢山くん」


「なんだ」


「髪、どうして変えたの?」


 今の俺の髪型、それは――


 ――――オールバック。


 最高にイカしているというやつだ。


「前のほうが良かったか?」


「前のは最悪だったよ」


「……そうか」


 完全に遠慮がなくなっている……。


「でも、今はすごくかっこいい」


 お、おおぉ。


『いけるぅぅー』


 いやいや、直前のセリフだけ切り取ればそうかもしれんが……。


 ――だが、やるしかあるまい。


「月見」


「なに?」


「壁ドンを実行する。校舎に近づいてくれ」


「……はい?」


 位置関係上、ここでやっても先日の繰り返しだ。


 協力は必須。


「それ、いきなりされるからドキドキするっていうやつだよ、全然わかってないよ」


「ああ。校舎に近づいてくれ」


「……まぁ、いいけど」


 いいのか。


 なんというか。


 悪い男に引っかけられないか心配だな……。


 だが、何はともあれやるしかあるまい。


 俺は校舎に近づく月見のあとを追う。


「これくらいでい――――」


 振り向いた月見の言葉が止まる。


 すでに俺たちの距離は僅かにまで迫っていた。


 俺はポケットへ左手を突っ込み、右手を伸ばす。


「あ、あの……」


 上目遣いでこちらを見る月見の横を俺の腕が抜けていき、壁ドンが完成した。


「わ、わ、ち、ちか――」


「デートしよう」


「ぁ……デート……」


 可憐だ。


 間近で見る月見の目はパッチリとしていて、サラサラの髪は揺れるたびに視線が奪われそうになる。


 小柄な彼女の体は完全に俺が覆っている。


「デートしよう」


「わ、わかった……」


 …………。


 わかった……?


 まさか――――


「あ、いや、ちがっ、やっぱだめっ」


 顔を赤くしたまま月見は先ほどの言葉を撤回してしまった。


 ならば……。


『いけるよぉー』


 ――俺とメイリーさん厳選のセリフを放つしかあるまい。


「月見」


「……う、うん」


 潤んだ目でこちらを見上げる月見。


 少し前までの強気な態度とのギャップは強烈に俺を誘惑してくるようだ。


 ――ふぅ…………よし。


「ラブフォーエバー」


「……え?」


「エンドレスラブ、エターナルラブ」


「……な、なに?」


「永遠の愛」


「…………」


「君の瞳に乾杯」


 月見の顔がそっぽを向いた。


「…………ふふっ」


 これは……。


 好評か、不評か……。


 ――兎にも角にも。


「デートしよう」


 月見は少し微笑んでこちらを見上げた。


「夢山くん、もう大丈夫だよ」


 壁ドンのことだろう。


 確かにこの状態だと身長差がありすぎて少し話しづらい。


 俺はゆっくり腕を戻し、数歩下がった。


 互いに見つめ合う。


 ――――月見の可憐な声が耳に届いた。


「わたし、好きな人がいるんだ」


「…………」


 想定していた返答の一つだったが、それでも実際に耳にしたとき……。


「――わたし、好きな人がいるの」


 そう言って月見は、あまりに魅力的な、輝く笑みを浮かべた。






 ・・・・・・・・・・






 月見が去った校舎裏で俺は空を見上げた。


 放課後、いまだ青々とした空は高く、霞む雲はゆっくりと流れる。


「ふぅ…………」


 まぁ、こういうこともあるだろう。


 ――ん?こどもの声……。


 ――公園のほうか。


「しつれーん!!」


「ふられたー!!」


「だっさー!!」


 …………。


 俺は聞こえなかったフリをして静かに校舎裏から離れていった。








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