第6話 その理由は

 放課後、わたしは再びこっそりと校舎裏を覗き込む。


 うぅ……やっぱりいるよぅ……。


 そこには1人の男子生徒、というか夢山くんがいた。フェンスの外、公園で遊ぶ子どもたちを真顔で見つめている。


 もしかしてずっと見ているんだろうか……子どもたちに気付かれていないか心配だ……。


 今日はこちらに気付いていない。


 声をかけようと一歩踏み出した瞬間────


「む、来てくれたか」


「あぅ……う、うん、その、待ってるって言われたし……」


 いや本当は来たくなかったし放課後までに断ろうと思ってたんだけどね………。


 この人全然教室から出ない。


 人の少ないところで声をかけるために様子を見ていたんだけど、選択授業以外はずっと席に座っていた。


 でも、たぶん昼休みに一度お手洗いに行っている。


 なぜなら────


「夢山くん、髪型変えたんだ……」


「ああ、前のスタイルも機能的ではあったが、こちらも負けてはいない」


「え?前の髪型のどこが……あ、じゃ、じゃなくて……その髪型、いいと思うよ」


 ──――夢山くんの髪は、オールバックになっていた。


 お昼休み、麗ちゃんと結美乃ちゃんに教材運びを手伝ってもらいながら楽しく教室に帰ってきたら彼の髪型が変わっていた。


 …………というか、前の髪型のどこが機能的だったのか、本当に分からない。


 また3メートルほどの距離を置いて彼を見る。


 ……なんか悔しいけど、やっぱり今の夢山くんは素直にかっこいい。


 オールバックって高校生って感じはしないけど、彼の大人びた顔立ちにはよく似合っていた。


「そうか、ではデートしよう」


「う……あの、それとこれとは別っていうか……」


 やっぱり全然諦めてないよぉ……。なんでなのぉ?


 ………………。


 ──―やっぱり、そんなにわたしのことが好き……ってこと………?


 でも、上目で見る彼の顔は全然いつも通りの固い真顔で、わたしには彼の感情がわからない。


「ふむ。ああそういえば、連日放課後に呼び出して済まないな。部活動に支障が出てはいないか?」


「……いちおう、部活の子には遅れるかもって伝えてあるから……」


 理由を聞かれないかヒヤヒヤしつつなんとかメッセージを送った。


 彼との接触はリスクが高い。動画を撮られていたのもびっくりだった。


 夢山くんと会うことを誰かに知られるのは避けたい。


「ちなみに、何の部活動なんだ?」


「書道部……だけど……」


「そうか、なら次は俺が書道部まで赴き部員の者に声を掛けておこう」


「いっ、いやいやいやっ、全然大丈夫だからっ、気にしないでホントに。ホントに大丈夫だからね?」


 絶対やめて欲しい、ホントの本気で。


 …………というか次とかないし。


 でも本当にわたしのこと好きなのかな、何の部活に入ってるかも知らないなんて。


 いや夢山くんの情報網狭そうだもんね………。


「ふむ、大丈夫か、承知した……………」


「な、なに?どうしたの?」


 昨日もだったけどなんか変な間がある。じーっとこちらの顔を見つめてくるのだ。普通に怖い。


 少しして、彼はわたしに言ってくる。


「壁ドンを実行する、校舎に近寄ってくれ」


「は、はい?それ、される側も協力しないといけないの……?と、というかしなくていいよ……前もうやったじゃん」


「いや、ダメだ、時間に余裕も無いだろう、早くしてくれ、月見の部活動に支障をきたすのは避けたい」


「そう思うならもう解散でいいんじゃ、ない?……ね?」


「ダメだ、早くしてくれ」


「え、えぇぇ…………なら……うぅ……それなら、ホントに一瞬だけね、一瞬だからね?」


「ああ、了解した」


 彼を視界から外し、仕方なく校舎に近づく。


 …………わたし、ちょっと押しに弱すぎだ。


 ――――いや、やっぱダメだよ。デートだって行くつもりないのに。


 わたしはそのことを伝えるため、彼に振り向いた。


 途端、視界いっぱいに大きな体が映る。


 ─―─え?いつの間にこんな近く――――


 広い肩幅に、身長差は40センチ近い。


 思考がフリーズする中、ただ彼の動きを見ていた。


 こちらへさらに近づきつつ、ズボンのポケットに左手を入れ右腕をこちらへ伸ばす。


 わたしの頭の横を抜けた長い腕は壁まで届き、鈍い音を響かせた。


 夢山くんの精悍な顔立ちのなかに光る目と見上げるわたしの目はとても近い。


 わたしは男の子とこんなに近づいたことなんて今までなかった。前回の壁ドンよりはるかに閉塞感、圧迫感、そして彼の存在を感じる。


 彼の唇が言葉を紡いだ。


「君の瞳に乾杯」


「あ…………」


 今、わたしの顔は真っ赤になっているだろう。


 いや、相変わらず彼の言葉はこの前の『ドンッ』に等しいセンスの無さで、後で思い出し笑い確定なんだけれど、それでもやっぱり……かっこいい。


「ラブフォーエバー、エターナルラブ、エンドレスラブ、永遠の愛」


「うぅ…………」


 この人わたしのこと好き過ぎだってぇ……ていうか全部意味一緒だし……。


 しかもめちゃくちゃ真顔で、もうわたしどこ見てたらいいのかわかんないよ……。


「デートしよう」


「え、えぇ……それは…………」


 いや、でも、実際のところどうなんだろう。


 もし夢山くんとデートして、そのまま付き合うことになったりしたら…………。


 きっと彼の破天荒な言動に振り回されるだろう。周りからも驚かれるだろう。でも、たぶん退屈しない日々になると思う。


 夢山くんのお昼は毎日ゼリー飲料だ。その食生活を正直心配していた。わたしがお弁当を作って、彼も喜んで食べてくれて。


 そんな未来もあるのかもしれない。


 でも──────


 彼の目を見て、言う。


「ごめんなさい、デートには行けない。それに、もうここにも来れない」


 数瞬ののち、彼はゆっくり腕を戻し、わたしから距離を取った。ポケットから左手を抜き、こちらを見つめる。


「理由を聞いていいか」


 わたしはありがたいことに、けっこう告白というものを受けている。


 でも、一度もそれに応じることはなかった。


 そして今回、彼の情熱には今までに無いほど揺らいでしまった。


 それでも────


「わたし、好きな人がいるの」


 やっぱり、譲れない想いが、ずっとある。






 ******






 月見が立ち去った校舎裏で、俺は空を見上げた。


 放課後、いまだ青々とした空は高く、霞む雲はゆっくりと流れる。


「ふぅ……………」


 まあ、こういうこともあるだろう。


 ん?子供の声、公園の方か………。


「しつれーーん!」


「ふられたーー!」


「だっさーー!」


 ………………。


 俺は聞こえなかったフリをして静かに校舎裏から離れていった。



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