第5話 昼休み、そして動き出す
委員長たちは今日も教室で昼食のようだ。結美乃は俺と違い弁当を持参している。
…………まあ、支給額が違うんだろう。
彼女らの会話を聞くため聴覚を強化している影響で周りの会話が聞こえてくる。
「毎日単語テストはダルいってぇ……はぁ……てか夢山ロボ、今日もゼリーじゃん」
「ハハ、あれだろ、ギガロボティクス1号の燃料補給のじか────」
………やはり盗み聞きは紳士ではない、やめておこう。
………………。
俺は夢山ゼリーを吸い出し続ける。
沈思黙考。
実際のところ時間がない。
学校で女の子を誘えるデッドラインは明日金曜日。
土日でも道ゆく女性に声をかけ買い物に付き合ってもらうという手はあるが……。場当たり的で継続性のない交流が機関の求めるものとは考えがたい。
期限は日曜まで。
…………ふむ。
任務達成への道筋をシミュレーションしていく。
────狙うは1年生の女子。それもあまり噂話を好まなさそうな素朴な女の子、男性モデルを参考に髪を整え、最初は人違いとして声をかける。そこから自然に距離を詰めれば…………。
恐らくだがメイリーさんも類似した提案をなされるだろう。
ゼリーも無くなったため、キャップを閉めそのままカバンに戻す。
夢山ゼリーにはもう17年近く朝昼晩お世話になっている。もはや飽きるどころの話ではなくただ虚無だ。
やることもないため機関支給の格安スマホでパズルゲームを始めた………………楽しい。
一人ニヤリと笑みを浮かべていると明るい声が耳に届いた。
「え~っ、腕パンパンになっちゃうよぉー」
「だってアタシ新しいテキストなんか必要ないもーん」
「そうね、私も重そうに運んでいる花を後ろから眺めて楽しむことにするわ、ふふっ」
「ひどいよぉ〜」
月見姉妹と結美乃が教室から出て行こうとしている。
にしても仲良さげだ、微笑ましいものだな。
まあ、会話から察するに新しい教材の運搬を委員長が任された、ということだろう。
これはチャンスだ、あの二人なら委員長も気にしないだろう。
それに月見 花への用件を他2人の前で済ませることで、クラスの主要人物へ俺の意外な誠実さを印象付けられる。
そして教材運びの手伝いも申し出ればたとえ断られたとしても俺の評価はうなぎ上り間違いなし。
打算的ではあるが誰にも不利益は存在しない。
もしかしたら、ここから俺の青春は始まるのかもしれない。
ああ、なんと心地よいシミュレーションか。友人に囲まれて笑っている自分の姿が見えた。
俺は可愛い恋人と手を繋いでいる妄想まで0.01秒で済ませ席を立とうとする。
だが…………。
────脳内直通回線が反応している。
俺は座り直し姿勢を正した。
『……こんにちわぁ、100号ぉ……』
『メイリーさん、こんにちは!』
『うん……それでねぇ……ワックス、持ってるぅ……?』
『ハッ、所持しております!』
何があろうとこの髪型を維持するため、整髪料は携行するよう指示を受けている。
『よかったぁ……かしこいねぇー……100号ぉ……』
『ハッ、ありがとうございます!俺の心は今この瞬間、幸福の限界値に到達いたしました!』
『うん……よかったねぇ……じゃあ、お手洗い行こうかぁ……』
『ハッ』
俺は整髪料を手に即座に席を立ち、便所へ向かった。
すでにあの3人の姿は見えない。
ああ、そういえば、機関は俺に発言の制限を一切設けていない。
サイボーグ機能を視認されないように、とだけ伝達を受けた。
その点からも機関の圧倒的余裕が窺えるというものだ。
まあ、光栄なことに俺の忠誠心が信頼されているということでもあるだろう。
そしてその言動の自由は入学当初の未熟な俺に多大なる影響力を持った。
1年前、うららかな春の日、初めての学校で初めてのクラスメイトたち、俺に自己紹介の順番が回ってきたとき、俺は堂々と名乗った。
『俺はギガロボティクス1号、街を襲う悪党からみんなを守りたいと思う。よろしく頼む』
俺が考えた自身のヒーロー名だった。
というか、同じクラスの結美乃のこともみんなを守るギガロボティクス2号だと紹介した。
俺は便所に到着した。
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