第2話 機関の鑑のような方

 俺は任務の詳細を知り、迅速に行動を開始した。


 今この瞬間も任務達成に向けて着々と前進している……かもしれない。


 時は放課後、場所は校舎裏。


 目の前には可愛らしい女子生徒。


 灰色のブレザーをきっちり着て、サラサラの茶髪を肩まで伸ばした華奢な女の子だ。


 名前を、月見つきみ はなという。


 俺は今、その月見に引き止められていた。


「確かに昨日デートを断られたな」


「えぇぇ、ならなんで……いや、というか!昨日だけじゃないよねっ?」


 確かにその通りだ。


「ああ、一昨日も断られているな」


「うぅ……しつこいよぉ……」


 小声で呟いている。


 彼女にしては珍しく文句を言っている。


 まぁ、丸聞こえだが。


『100号ぉ……』


『ハッ』


 100号というのは俺の研究所での呼称だ。


『この子ぉ、もう100号のこと好きだよぉ』


 そうなの、だろうか……?


「な、なに……かな?そんなにじっと見て」


「いや、気にするな」


 会話は並列で行わなければ無言の間が出来てしまう。


『壁ドン、いっちゃおうかぁ……』


『ハッ』


 ――やるしかあるまい。


 すでに口頭で壁ドンの説明は受けている。


 そしてサイボーグの能力をフルに生かし幾度も脳内シミュレーションを重ねた。


 今がその成果を発揮するときだ。


 俺は月見との距離を詰める。


 月見は少し後ずさりするが俺はさらに前進する。


「えっ?な、なに?ちょっと、ちかい……」


 彼女は少し顔を赤くしている。だが若干表情が強張っているようにも見える。


 ふむ、怯えさせるような真似は避けなければいけな──


『うぅん?100号ぉ……』


 ――やるしかあるまい。


「じっとしていろ」


『そっちぃ……』


「へっ?」


 俺は左手をズボンのポケットに入れ、右手を彼女の頭の横の空間に押し当てた。


『壁ないよぉ』


 そして彼女に伝える。


「ドンッ」


「へっ?…………えっ……?」


 俺はそのままの体勢で続ける。


「明日もまた、ここで待っている」


『まぁいっか……』


 シュミレーション通り、完璧だ。


 ――流石にこれは効いたかもしれんな。


 俺は少し明日を楽しみにして颯爽とその場を立ち去った。






 ・・・・・・・・・・






 翌日の朝、俺は機関に選ばれし至高のワンルームマンションからいつも通り早めに出立した。


 なんと高校まで歩いて10分足らず。


 これに関しては本当にすごい。


 さて、俺に与えられた任務、それは他者との交流。


 そしてその第一段階としての課題は『1週間以内に葉ノ鐘高校の女の子とデートをしろ』だった。


 ……正直言ってもう色々ときつい。






 10分後。


 高校に到着した。


 ここは私立葉ノ鐘はのかね高等学校、国内トップクラスの学力を誇る進学校だ。


 駅からも近く、多くの生徒が電車で通学している。


 だが今はまだ早い時間でありそれほど生徒の姿は見えない。


 昇降口まで来た。


 だが…………。


 ――見られているな。


『メイリーさん、俺に視線が集まっている気がします。何故でしょう』


 メイリーさんというのは、機関のアドバイザーであるメイリー・フェンさんのことだ。


 15歳で世界的に有名な大学を卒業後、機関の研究所にて5年近く研究に没頭しており、効率化のため彼女自身もサイボーグになっているという機関の鑑のような方だ。


 そして今は俺の視覚・聴覚と同調し、リアルタイムでサポートしてくれている。


 さらに並行して研究の作業も行っているというのだから、只者ではない……はずだ。


『んー……わたしが伝えた髪型を作るのにぃ……100号も慣れてきたんだよぉ……』


『……なるほど』


 俺は額に三角形を作るのが上手くなっているらしい。


 というか。


 この髪型、本当に大丈夫なのだろうか……。


 とりあえず教室へ移動を開始する。


 現在は新学年になって10日ほどで、新たな教室へ向かう道筋も馴染んできたところだ。


 俺のクラスは2-Aで文系、人数は36人。


 文系を選んだ理由はまぁ、色々だ。


 それはいいとして、昨日話した月見はなんと同じクラスの委員長だ。


 誰にでも分け隔てなく優しく、そして容姿も見事に可愛らしい。


 そしてメイリーさんは速攻で彼女とデートするのだと決定した。


 クラスに到着しそのまま中に入る。


 まだ10名ほどしか来ていない。


 そして……。


 ──――やはり見られている。


 それほど俺の髪型が芸術的なのだろう。


 俺は窓際の中ほどにある自席へ向かい着座し、授業の準備を始めた。


 ――――だが。


 教室がやけにひっそりと……いやこれはひそひそと、と表現すべきだな。


『俺のことが話題になっているんでしょうか』


『だろうねぇ……』


 ふむ……。


 いつもなら盗み聞きは紳士ではないと控えているのだが、俺はどうしても気になった。


 少し耳を澄ます。


「夢山くん最近落ち着いてたのにねー」


「ね、壁ドンって、まじウケる」


「いや壁ドンっていうか空気ドンっしょ」


「あはっ、言えてる。てか今日も髪激ヤバじゃん」


 …………。


 というか俺が壁ドンを実施したことが漏洩している。


 これは……。


『メイリーさん、この状況をどう見ますか』


『……ちょっと、待っててぇ』


『ハッ』


 回線が切られた。


 ……少し考えてみる。


 壁ドンの漏洩に関して――――


 月見への呼び出しはメイリーさんの提案で放課後すぐ、そして教室で行っている。


『月見、10分後に例のポイントへ』


『へ?……ちょちょ待っ――――』


 当然ながら周りの者に聞かれており遠くから撮影、共有されたのだと思われる。


 流石にクラスメイトも良心の限界だったというわけだ。


 そして、そもそも――――


 月見は人気が高いにも関わらず俺の知る限りではあるが男の影のない女子。


 相応に身持ちが固く、且つすでに誰かに想いを寄せている可能性があると分析できる。


 彼女を選んだのはミステイクだ。


 …………ふむ。


 とはいえ、機関の研究者であれど全知全能の神ではない。


 少し判断を誤ることは誰にでもあるだろう。


 髪型に関しては――――


 メイリーさんの好みだろうか……。

 




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