ハイテクぼっち~遠隔支援を受けし俺は今日もキザな男(指示)~

エナジー分太郎(わけたろう)

第1話 サイボーグ、任務を開始する

 高校2年生、春。


 放課後、わたしはこっそりと校舎裏を覗き込む。


 ……やっぱりいる。


「はぁ……」


 思わず小さなため息をつく。


 視線の先、そこにいるのは何故かいつもブーツを履いている1人の男子生徒。


 彼はフェンスの外の誰もいない公園をただじっと見て────


「む、来てくれたか」


「うぁっ……あ、あはは、ごめんね、待たせちゃって」


 いきなり振り向いてきた。


 ふつうに驚く。


「いや、こちらから呼んだんだ、気にしない」


「そう?……ありがと」


 というかさっきのため息聴こえちゃってたのかも……うーん、いや距離的にないはずなんだけど。


 でも、この人は常識で測れない。


 互いに近づきつつ、わたしはチラチラと彼の様子を伺う。


 その男子、身長がとても高くて、たぶん190センチは超えている。


 顔立ちだってすごく整っていて切れ長の目と長めの黒髪がミステリアスな雰囲気を感じさせた。


 ……というのは少し前までのことで、今はただの変な人になっている。


「……ちなみに、その髪型っていうか前髪、気に入ってたりするの?」


「ああ、これは素晴らしいものだ」


「……そっか」


 前髪が変。


 彼の髪は少し前までこだわりのない感じだった。


 けど今は前髪を眉間に寄せてワックスっぽいので固めて、額にテカテカした大きな黒の逆三角形を作っている。


 前髪の一部じゃなく全部いっちゃってるのが本当にやばい。


 絶対おかしな髪型なのにすごく真顔で歩いてくる……笑っちゃいそう。


 間もなく、互いに3メートルほどの距離。


 彼が口を開く。


「では、要件を伝達する」


「う、うん……どうぞ」


 言い回しもなんかいやだ。間違いなく友達がいない原因の一つだと思う。


 彼なりのキャラ立ての一環なんだろうか、だとしたら失敗しているから絶対やめたほうがいいと────


「俺とデートしよう」


「…………」


 やっぱり。そうだと思ってた。


「その……男の子と2人でっていうのはちょっと、ね。あの、他の友達も呼んでいいなら全然大丈夫なんだけど……」


「いや、ダメだ、二人きりだ」


「……え、えーっと……」


 強気だなぁ……。


「その、ごめんね、やっぱり今回は遠慮させてもらえるかな?」


「そうか、時間を取らせて済まなかったな」


 そう言って彼は足早に立ち去ろうとする。


 って、ええぇ……さすがに切り替え早くない?…………。


 いやいやなんでこっちがモヤモヤしないといけないのか。


 彼はわたしの横を通り過ぎていく。


 ────いや、というか。


「ちょっ、ちょっと待って!」


「なんだ?」


 振り向く彼。


 これ、そもそもの話────


「……あの、わたし、昨日も断ったよ……ね?」


「ああ、そうだな」


「…………」


 …………ほんとにこの人は、もう!






 ******






 俺の名前は夢山ゆめやま 械之助かいのすけという。サイボーグだ。


 現在日曜日、ありふれた賃貸マンションの一部屋で明日の登校までの待機シーケンス中である。


 機関が選定したマンション、その間取りはワンルーム、コストは抑えられている。機関の至高の支出管理によるものだ。


 手狭な空間、俺は何とか置いたソファーに座って足を組み、毎週観ているお笑い番組を小さなテレビで見ながらブラックコーヒーを飲んでいる。


「んぐッ…………フッ……」


 面白いギャグに吹き出しそうになるのを堪えニヤリとシニカルな笑みを浮かべた。


 俺は生まれて16年を迎える少し前、ついに研究所の外に出ることができ高校生として普通の暮らしというものを始めた。


 最初は我ながらかなり浮かれていたと思う。今思えば世の恥さらしだったろう。ただそれも落ち着き、俺はすでに人間社会への分析を完了している。


 当然の話だ。機関によって強化されしサイボーグである俺にとって人間社会は単純に過ぎる。


 だが、入学当初の振る舞いが与えた影響は甚大だ。


 17歳、高校2年生春の今、俺は孤立していた。


 完全無欠のサイボーグとはいえ俺にも感情はある。人との関わり、特に学校での青春に対し大いに期待していた分、正直少し、いやなかなかに寂しい。だが俺が周囲へ与えた印象を考えると仕方のないことだ。


 今はただ登校と帰宅を繰り返し、機関のアンドロイドらしいシニカルな笑みを浮かべることをルーティンとしている。


 ───む?脳内直通回線が反応している。


 俺はコーヒーカップを机に置いた。


『…………えーっとぉ、繋がってるかなぁ……こんにちわぁ……あぁ、今って夜かぁ……まぁいいや……』


 なんとも気怠げな若い女性の声が脳内に響く。


 少し聞き覚えのある声だ。


 姿を見たことはないが、俺の研究にも関わっている人物だろう。


 だが、直通回線による通話など研究所を出てからは一度もなかったが……。


 俺は姿勢を正し、脳内で応答する。


『ハッ、今は夜であります、こんばんは』


『こんばんわぁ……それでね、要件なんだけどぉ……』


『ハッ、しかと拝聴します』


『うん……それでね、えっとぉ……ここの上の人がねぇ、きみがぁ、ちょっと孤立しすぎだぁーって、言ってるの……それで、わたしがアドバイザーになりましたぁー……よかったねぇー……』


『ハッ、ご迷惑をおかけし申し訳ありません!よろしくお願い致します!』


『よろしくぅ……じゃあ、また明日ねぇー……ぐっなぁい……』


『ハッ、グッドナイト!』


 …………回線が切れ、俺はソファーに身を預ける。


 どうやら機関は俺が他者と交流することを望んでいるらしい。


「ふむ……」


 俺はコーヒーを飲み干す。


「カフェインか……」


 サイボーグとしての雰囲気作りのためコーヒーを夜にたくさん淹れてしまった……。


 だが今日からは特にしっかりと睡眠を取らなければならない。


 俺は就寝の準備を始めた。


 ────そろそろ本気を出すときが来たようだな。


 これは俺の、初めての任務だ。



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