第13話 『ヒロイン』の物語
世界が完全に停止し、編集状態に移行したことを確認したソウマは身体を動かした。
そうはいっても動くのは意識だけで自分の身体は動かず、精神だけが剥離するように身体から分離した。
「……慣れないな、第三者視点」
「っ!?」
「大丈夫か?」
ひとまずルルの危機は脱すことが出来たとソウマはホッとしていたが、ルルが拘束されていた場で膝をついて頭を抱えているのを見て駆け寄った。
ルルの周囲にはありとあらゆる視界に映る物の説明文がちらちらと浮いて高速で動いているのを確認できた。
ソウマの視点からは僅かな文字が浮かぶだけに見えるが、ルルの視点では視界の移す先全てが莫大な量の文章で埋め尽くされていた。
脳の異常稼働によるものだった。
(俺は自分で考えそうな文だからある程度は脳の処理をすることなく自己補完をして情報過多になることは無かったが……ルルはそうもいかないか)
「こ、これがソウマの見ていた世界……? 頭が……ッ……」
「落ち着いて、その文を非表示するように意識するんだ。分かりにくいなら、読んでいた本を閉じるようなイメージをしてくれ。それで収まるはずだ」
「……ふう、ふう…………」
ルルが目を閉じて少しすると落ち着いてきたのか荒かった息も収まってきてルルの周囲にちらちらと浮かんでいた文字が完全に見えなくなった。
「落ち着いたな」
「……これが、ソウマの、私が求めていた、世界の改変するほどの力? 世界が止まっている……でも、私が……いる」
ルルは落ち着いたところで立ち上がって周囲を見渡した。
ルルの目に映るのは停止しているありとあらゆるもの。
世界が凍り付いたかのように動かなくなっている光景にこのまま永遠に動かなくなってしまうのではないかと言う不安が彼女を襲った。
そんな不気味さを感じている中、ルルは己の姿を自分の視界の中に捉えて困惑していた。
「私……てっきり、発動したら消したいものが消せる特殊魔術なのかと思っていたのだけれど……」
困惑したまま、ルルはソウマに説明を求めるように視線を向けた。
(俺も、なんでこんなことになってるのか、正解は知らないんだよなー……でも、たぶん俺が考えた答えが正しいんだろ。俺はこの世界の『作者』なんだし……)
ソウマは確証の無いこの状態のことを説明するべきか否かをほんの一瞬だけ悩む。
(いっ!? った……何だ、頭痛? 物理的に乖離してるのに!? こぉれは……長続きしないな、俺……)
この状態も長続きしなさそうなことを感じないはずの頭痛で理解した。
説明は簡潔に、それでいて分かりやすく。
「それなら、今日の朝の続きってことで、説明するぞ? あ、あと特殊魔術以外の質問に、今は答える余裕ないから。それで、これはあくまで予測だけど――」
そう前置きをしてルルの了解の返答を待つことも無くソウマは語り始めた。
「――俺の特殊魔術は世界を『物語』として捉えて世界を編集するいわば【
「……とんでもない力ね」
「ああ、まあ……そうだな。とにかく、だ。今のこのピンチの一場面は、無理やり固定しているだけでピンチであることに変わりはない。お前自身がこのピンチの状況を編集するんだ」
目を輝かせているルルに今まで焦っていたことが徒労だったのではと思えてくるほどのソウマは疲れた様子で目を逸らして言った。
「…………それなら、貴方だけでも出来たんじゃないの? 世界を改変する感覚を直に経験させてもらえるのは……ありがたいのだけれど……今は状況が状況なのにどうして、私にわざわざこの力を貸してくれたの? ソウマより練度の低い私に使わせて危険だとは思わなかったの? ここは戦場なのよ? 分かっているの? そもそも、どうして来たの?」
頭痛がひどくなってきている中、全然都合よく「わかった」と言ってくれない『ヒロイン』に、最もな疑問を抱かれているはずなのにソウマは少しだけイラッとした。
しかし、ソウマには責められる理由は無い。
ルルの口調には明らかに馬鹿にするようなトーンが入っていたのだから。
それはルルなりに張り詰めていた互いの精神をほぐそうとしたことなのだろうが、ソウマには逆効果だった。
「お前な? あんな、元気ハツラツな、お嬢様みたいな顔して目を輝かせて『……うん!!』って言っていたのによく言えるな? この一瞬で人格切り替わってんのかと思うほどに発言に矛盾があるぞ?」
少し声を高くしてルルの真似をしたソウマにルルは顔を赤くして言い訳をする。
「ち、違うのよ! あれは、ちょっと熱に浮かされてというか……口が勝手に動いていたって言うか……い、今のだって、ちょっと労いのつもりで……」
「コミニケーション下手なの!? 労いで馬鹿やるにはまだお前の経験値は溜まってないだろうが!! って言うか俺さっき、『特殊魔術以外の質問に答える余裕は無い』って言いませんでしたっけー? 分かってないのはお前の方だろうが!」
本気の怒り……とまではいかないがせっかく一時的とはいえお別れしたはずの痛みと再会して気が立っていたソウマは思いついたままに言う。
「……わ、私だって…………助けてくれたし、心動かされたし…………でも、直接言うのは恥ずかしいから、あんな風にするしかなかっただけで……そ、そんなに…………本気で怒らなくても……」
ルルはちょっと泣きそうな目になってしょんぼりしていた。
ソウマはその目を見て流石に言い過ぎたかと反省して気まずくなったところで口を開いた。
「あー、『ヒロイン』を助けるシーンが台無しだ。今までの雰囲気、全部ぶっ壊して……ルル、わかったから俺の指示通りに動いてくれないか? お礼って言うならせめて戦いが終わってからにしてくれ……」
「……わかったわ」
(俺、今、フラグ立てたよな…………まあ、いいか……むしろ、好都合。つーか、マジで頭痛い……)
言ってから気が付いたソウマだが、頭痛がいよいよ我慢できないほどに強くなってきたのでさっさとルルに説明して、この状態を解除しようと目論む。
『ヒロイン』によってピンチの緊張感が壊されたからか、ソウマもどこかこの世界という『物語』に沿って緊張感が失われていた。
「腕を上げて手をあの真魔がお前の身体に向かって放って、今まさにルルを焼こうとしているあの魔法に向けて、本の一文を見るイメージをしてくれ」
「……」
ルルは言われたとおりに腕を上げて魔法へと手のひらを向けた。
目を閉じて本を開き、その一文のみを注視するようにイメージする。
【少年の真魔がルルの身体に向かって放って、今まさにルルを焼こうとしている魔法】
ジジッと空間が歪むとこの一文がルルとソウマの前に表示された。
「この出て来た文を下から手でなぞって文を消すようなイメージをしてくれ。イメージを確定させる
一度で理解してもらうために、丁寧に説明するソウマ。
いつかの時と立場が完全に逆転したルルは少しずつ、ただ確実に【
ソウマの指示通りに手の先を文章の末端へと合わせてなぞるように手を下から上へと推移させていく。
手の動きに連動して文章が一文字ずつ削除される。
【少年の真魔がルルの身体に向かって放って、今まさにルルを焼こうとしている魔法】
⇩
⇩
⇩
【 】
ソウマの指示に従ってルルが文を完全に削除した瞬間。
ルルの身体に迫っていた魔法はジジッとバグを起こしたかのようにブレて完全に削除されてしまった。
存在そのものをまさしく削除されたのだ。
「……出来た……これが、世界を変える感覚……」
「……ッ……ルル、感動しているところ悪いが、俺とルルの身体にある傷も消しておいてくれ……たぶん、十数分もすれば元に戻るだろうけど……お前なら、十数分あればいけるだろ?」
ソウマは精神体である自身の頭を片手で抑えてルルにそう言った。
共同編集状態で、【
これ以上は一緒に編集できないと判断したソウマは共同編集を自身だけ終了しようとしての発言だった。
「ああ、それと……たぶん、【
ソウマはふらふらとしながらよろけながら自分の身体に戻って共同編集を終えようとする。
ルルは何かを考えているのかソウマの言葉に返答することなく黙っていた。
「ちょ、ちょっと待って。どうして、私の夢を知っているの? そもそも、出来るの? 世界の常識を変えることが……今?」
ルルは考え込んでいたわけでは無く、いきなり言われた情報に脳が適切な処理を行えず、フリーズしていたのだ。
ソウマが自分の呟きをほとんど聞いていたとはいえ、自分の望みを知っていたことやそれを今すぐに実現できると言われて極度に混乱していた。
ソウマが離脱する直前に再起動を果たしたルルはソウマを引き留めて信じられないといったようすで問う。
「……さっきも言った通り、大きすぎる矛盾は生み出せない。ちょっと、可能性を生み出すだけだ。こいつに一文、真魔を肯定してやるような言葉を入れて、お前がしっかり努力すれば可能性はある」
ソウマが文句も言わずにそう言ってルルへと向かって表示したのは、この世界の設定そのものだった。
【世界:突如として魔物が人語を操り、人に近く進化していった。人々はその変化を魔物の生存戦略で人間を襲いやすくするためのものであると結論付けて人に近い魔物と戦争を繰り返している】
既に頭痛が度を越してきて思考も安定しないソウマは弱々しくその文章を提示してやって自分の身体に精神を戻す。
「……私なんかが…………まだ、何者でもない、認められてもいない私が、変えてしまってもいいの……?」
それは、この共同編集の状態で静かなこの状況でないと微かにも聞こえないだろう呟き。
小さく呟かれた言葉を微かではあるが捉えたソウマは動きを止めた。
それはルル自身の心の弱さの発露だった。
ルルの夢は確かに世界の常識を変えることだが、それは他者から自分を認めてもらって世界を改変するように変えていくことだった。
いざ、今すぐに実現できるかもしれないという状況に陥ると怖くなってしまう。
そんなルルの心の葛藤を感じ取ったソウマは頭痛で上手く働きもしない頭で頭に浮かんだ言葉をそのまま吐き出した。
「他人に自分の価値を求めるな。お前がそう思うのは、他人に自分の価値を委ねているからだ」
「え?」
既にピクリとも動いていなかったソウマが聞いているとは思わずルルは目を丸くして驚いた。
有無を言わせず言い聞かせるようなその口調に、息も絶え絶えに吐かれるその言葉に心臓を的確に打ち抜かれたような感覚を覚えた。
「自分に……自分の価値を求めろ。自分を殺して他人に価値を求めたら、それは……ただの演者だ。人生っていう一度しかない物を、舞台の演劇で、ただの『物語』で終わらせるつもりか? 他でもない、お前自身の物だろうが。進めよ、お前が信じる……道を」
ソウマの意識はそこで途絶えた。
頭痛による強制終了が実行され、ソウマは共同編集状態から、他の物と同様に停止状態へと移行した。
精神も肉体に戻っており、現在、【
「…………なんで、貴方の言葉はこんなに胸に響くのかしら? 私が心から感銘を受けたのはソール・ザットさんのあの本だけだったのに……」
ルルは言われて初めて気が付いた。
確かに、自分は幼い頃から他者の評価を気にして生きていた気がする。
そうでなければ、自分はソール・ザットの本を読む前に自分の常識に反した考えを自分自身の夢として昇華することが出来た。
それまで、他者の総意ともいえる常識に従って蓋をしていた。
「私は、世界で一人だけなんだから……私の本当の良さがわかるのは、私だけってこと? そういうことなの? 私は……自分に何の価値が無いとは、思えない……そう思う時点で私は何者かであると言いたいの?」
疑問を投げかけるが、その答えは返ってこない。
しかし、ルルはソウマの言葉に背中を押されてどうするか、既に心で決めていた。
ルルはソウマに言われた通りに自分とソウマの傷についての説明を【削除】してからソウマが提示した世界の設定に向き合う。
「私は私の信じる道を。これは、私の
自分が信じる道を進み、ルルは世界の設定に新たな設定を書き加えた。
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